2016/06/05: 津久井散歩;木瓜爺撮歩97-39 城山・飯縄神社 (No,2706)

ややこしい話を最初に書いておきます。「飯縄神社」「飯綱神社」、神社の代わりに「明神」「権現」が付くこともありますが、この「飯縄」「飯綱」の読み方についてです。どちらも「いいづな」若しくは「いづな」と読みます。脱線・・・「縄」と「綱」は、何が違うのでしょうね?「広辞林」によると、『綱: 植物繊維または針金などを太く長く撚(よ)り合わせたもの。物を結びつなぐのに用いる』、『縄: 藁・麻または棕櫚の毛などの植物の繊維を細長く綯(な)ったもの。物を結んだり縛ったりするのに用いる。』ということで、綱は太く長いもの、縄は細長いもの、という違いのようです。・・・脱線を戻して、「縄」の字を「つな(づな)」と読むことには抵抗がある木瓜爺ですが、固有名詞なのでどうにもなりません。 「いいづなこうげんにあるいいずなやま」を漢字を使って正しく書け!→「飯綱高源にある飯縄山」。

この「飯縄山」の語源と考えられるものの一つに、この山でとれる「食べられる土」すなわち「飯砂」があります。珪藻土の一種らしいのですが、じゃりじゃりしないで食べられて。カロリー源にはならないでしょうが、空腹を忘れることは出来るようです。この「いいずな」がとれる「いいずなやま」がいつの間にか「いいづなやま」になったという説です。

「飯縄神社」の本社は、この「飯縄山」・・ご存じない方のために書きますと「戸隠山」のとなり・・にあります。ここは、山岳信仰と妖m97-39-02 F1262術、忍術など様々な技術が結びついて発展した不思議な神社の一つです。しかし、これから行く「城山東峯」の「飯縄神社」はおそらく直系ではなく、関東での拠点「高尾山薬王院の飯縄権現」からの勧請でしょう。

城山の本丸曲輪から、No.17交差点?に戻った木瓜爺、「飯縄曲輪」に向かいます。100mですから直ぐにNo.16に着きます。

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m97-39-03 F1263神社の下まで来ました。左の方の「道しるべ」は「至大杉」となっています。あとで寄りますが、最近、落雷で亡くなった(?)杉ですから、切り株になっているのかな?

「新編相模国風土記稿」の『飯綱社』を見つけましょう。「津久井古城跡の図」には「飯綱社」として描かれていますが、「飯綱社」の名前は、根小屋村に幾つもあるはずなので、特定出来るかどうか・・『飯綱社 修験賢太郎坊持。神亀二年剏建の神社なりと云伝ふ。縁起棟札等なければ事跡詳らす。元和九年の洪鐘を掛く』・・古城の図では、三段になっていて、最初の段に鳥居、中断に鐘楼かもしれない建物、最上段にやや大きな建物が描かれていますから、これでよいのかもしれません。

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最上段にあたるところまで上がってきました。写真の右のほうに「飯縄曲輪」の杭が立っていますね。「いいづな」とふりがながついています。

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m97-39-08 F1271社殿は、獅子の木鼻なども付いたミニ社殿です。お参りしまして、小休止。地図を開いて眺めます。「大杉」の次は「宝ヶ池」・・これが、風土記稿にも書かれていた涸れない井戸でしょうね。其の先に「鷹射場(たかうちば)」というのがあるのですが、途中に「くさり場」と書かれています。うーん、少し疲れてきているし、くさり場はきついかなあ? 今日は止めて置こう。「宝ヶ池」から津久井の観光センター前に下って行く道をたどることに決めました。この道にも、二箇所「くさり場」という表示がありますが、事前調査で、この二箇所については、クサリに関係なく歩ける場所と分かっていました。「鷹射場」の方の「くさり場」については、調査していなかったのです。

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しばらく休憩した後、「大杉」にご対面です。切り株ではなく、そのまま残して有りました。m97-39-11 F1306

 

 

 

 

 

平成25年8月の落雷で、900才の生涯を閉じたようです。

ついで、井戸です。丁度、飯縄曲輪の東側下あたりの位置です。

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1m有るかどうかの小さな池・・やっぱり井戸と見ましょう。ちゃんと水をたたえていました。なお、城からここまで水を汲みに来るのは大変だなと思いましたが、城跡の方には、別の井戸があったことが発掘で分かったようです。

八王子城などを作った、北条流の城造りでは、「山の木を濫りに切るな」「水のために木を残せ」「井戸の周りには木を植えておけ」などと教えて居るようです。

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あれ? 下に下る道がないぞ? とまごついていましたら、ちょっと先にもう一本。

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m97-39-16 F1314「花の苑地」というのが、下りの道でした。この標識、今見直すと、「鷹射場」まで100mしか離れていなかったのですね。100mなら、行ってみるのだった・・・右の下る道に進みました。

露岩の上を歩くような場所もあるかも知れないと、カメラは暫く封印(ザックの中)して歩いていたので、写真は暫く途絶えています。

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m97-39-17 F1318さしたる難所もなく、安全な場所まで下って来ましたので、安心してまた引っ張り出しました。No.01の地点です。m97-37-00 津久井013C

結構歩きましたね。30分と書かれた道の下り所要時間は、25分でした。この日は、観光センターからバスに乗り、一旦帰宅しています。其の次にやってきた時は、観光センターから歩きはじめています。明日は、その両方の写真が混じると思います。

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