2016/06/08: 津久井散歩;木瓜爺撮歩97-42 中澤・三嶋神社 (No.2709)

「新編相模国風土記稿」によると、中澤村の鎮守には「三島社」と「飯綱社」の両方をあげています。「飯縄社」は「普門寺の境内」にあると明記されていますが、「三島社」の位置は明確でありません。しかし、別當が普門寺となっていますので、現在の場所と大きく異なるとは思えません。

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『三島社 本地正観音 別當普門寺。當社井に飯縄社を村内の鎮守とす。隔年に七月廿m97-42-02 F2286四日を以て祭る例なり。社地 杉松森々と聳えて、蓊蔚たり。椎の木の囲み一丈八尺に余れるあり。慶安元年五石四斗の御朱印を賜る』。二つの鎮守というのは、一年交代で祭りをするということのようです。三島社という神社の名前ですが、本尊は「正観音」だったようですね。神仏習合の時代です。本来の「三嶋神社」ですと、「大山祇神」「事代主命」が祀られます。その「大山祇神」の正体(本地仏)は「正観音」m97-42-05 F2289だという考えです。ただ、本家の「三嶋大社」では「薬師如来」を本地仏としていますから、相当いい加減な話です。

草むらに「庚申塔」が建っていました。反対側には、廿三夜塔などがあります。

 

m97-42-03 F2287鳥居をくぐります。広場があって、社殿はもう一段上の山の中腹にあります。

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簡易方式の掲示版がありました。「三島泰社」からの勧請であることが分かりました。「蚕影神社」もあるようです。m97-42-08 F2295

石段を上がってゆくと、大きな木・・スタジイのようですね。風土記稿では「椎の木」という表現になっていました。m97-42-09 F2296

 

お? これは神木の扱いでしょうか?m97-42-10 F2320

手水鉢のような物が置いてあります。よく分かりませんが、この神社は「樹木」の取り扱いが、他の神社とは異なるかんじです。   m97-42-11 F2298社殿の前に進みます.。狛犬が一対あるのですが、写真は横顔?しか撮せません。

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社殿は、彫刻の欄間や獅子の木鼻を備えた本格的なものです。m97-42-15 F2307

 

 

 

 

 

 

 

最近では見なくなった「皇紀2600年」(昭和14年)の年号が書かれていました。

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社殿の後部ですが、覆殿が付いています。ここに旧い神殿がおさまって居るのでしょう。立て札が寄りかかっていますね。m97-42-19 F2316

 

 

やはり、「スダジイ」でした。

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境内社は?と見回すと、掘っ立て小屋が見えました、これが「蚕影神社」でしょうか? 覗いて見ます。m97-42-17 F2311

 

 

 

 

よく見えませんが、小さな神殿は本格的です。間違いないでしょう。m97-42-20 F2319

 

 

もう一つ、妙な物がありました。石の円柱です。こういうものが「御神体」になっている神社も、よくあります。いろいろ見せて頂いたところで、引き上げることにします。次は「普門寺」です。

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