2016/06/12: 津久井散歩;木瓜爺撮歩97-46 根小屋諏訪神社 (No.2713)

五月末日、木瓜爺またしても津久井湖に現れました。この「相模原」は寺社が多いのです。歩けば歩くほど、あちこちに寄れなかった寺社が出来てしまいます。だんだん増えて行くので、えらいこと始めてしまった・・・

m97-46-00 F2233津久井湖

m97-46-01 F1446クラブ前今回は、バスを「クラブ前」でおります。このバス停は、「峰の薬師」にお参りする時に下車するのですが、今回は「三井村」に行くのではなく、反対方向の「根小屋村」方向です。バスを降りて西方向を見ています。右に横断すると、三井村方面ですが、横断せずに左折から始まります。この日はどんより曇りですが、雨は降らないだろうという予報でした。m97-46-02 F1450

この道を真っ直ぐ行って、山に登りますが、左の山と中央の山の隙間を越えて行くようです。

歩道のない道路の右端を歩いて行く木瓜爺が、登坂にかかったとき、後ろから左側を自転車で来た方が、自転車を降りて、押しながら坂を上り始めました。荷物が自転車分だけ多いわけですから、お気の毒です。息が苦しくなるのか、咳が連続します。痰が絡んだ咳ではなくて、乾いた咳です。多分、COPDの気があるのでしょう。COPDなんていっても、木瓜爺にはよく分かりませんでしたが、木瓜爺の知識では『肺気腫』と呼ばれて居た病気。タバコを吸う人間には、逃れられない病気です。「酸素と炭酸ガスの交換を行っている「肺胞」の組織が壊れ、肺にたまった空気を押し出せなくなる病気です。 肺胞と呼吸細気管支が拡張して破壊される疾患」なのだそうです。発症してからの生存率は、5年で40〜60%。つまり、半分は五年しか持たないのです。

m97-46-03 F1453

木瓜爺は幸いにも、咳も出ず、高い所まで上がって来ました。△の山が「城山」です。

m97-46-04 F1458

やがて、右の高い所にあった道路と一緒になります。もう「根小屋諏訪神社」は近い筈です。ただ、持っている地図は、神社の入口がどこに有るのか、読み取れません。目で探しながら行きます。この道が、山腹に突き当たって右に曲がるあたりに鳥居マークは描かれています。

木瓜爺を迎えてくださったのは、鳥居ではなくて、「石仏群」でした。m97-46-05 F1465根小屋諏訪神社

m97-46-06 F1467

m97-46-07 F1468向かって左の端は「馬頭観世音」でしょう。となりも「馬頭観世音」、文字碑が並びますが、右の二つ目にも「馬頭」の文字が見えますね。このあたり、峠越えの馬が多かったのでしょうか?

そして、端に「六地蔵塔」です。頭の頭巾は何のおまじない? 神社の前に行きます。『村社根小屋諏訪神社』と書かれています。社殿は少し高い場所にあるようです。「新編相模国風土記稿」には『諏訪社 根小屋神社と号す 別當壽性院。村中の鎮守。例祭七月廿六日 鐘楼。洪鐘を懸く 御代官守屋定大夫行昌か寄附。縣中八の内なりと云う 寛文十六年某月日と刻す。銘文来録すへきに足らす 以て略す』

m97-46-08 F1470

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別當「壽性院」は、太井村にあった「井木山太井寺」、「城福山泉蔵寺」とともに、先日訪れた「大蔵寺」に変わってしまったお寺ですね。

m97-46-09 F1471

参道の左の斜面に、なにやらあります。

m97-46-10 F1473

社と懸け仏的石碑ですね。「根小屋諏訪神社」について書かれたインターネット上の情報を読みあさりましたが、この祠のことが書かれているものは見つけられませんでした。木瓜爺の推測になりますが、風土記稿の諏訪社に続く記述、『飯綱社 別當前に同じ』『第六天社 村民持』に関連しているのかもしれません。m97-46-11 F1475

境内の広場を見回します。社務所らしい建物があります。手前は、神楽殿相当かな?祭礼の時に使われる建物のような気がします。

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階段下の「手水舎」は水道の蛇口が付いていました。石段を上がります。

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この形式は何と云うのでしょうか・・こんな風に屋根がついています。左の方に小屋が一つ見えますね。御輿庫らしいので、後で寄ります。

m97-46-18 F1497

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

m97-46-14 F1487「根小屋諏訪神社」の現代における祭神などを書いたものは・・・住所くらいしかないDBが多いのですが・・・

【祭神】 建御名方之命  ( たけみなかたのみこと ) 諏訪大社より勧請 建久3(1192)年津久井城主築井太郎二郎義胤の勧請。 天文5(1536)年本殿造営の記録が残る  【所在地】 神奈川県相模原市緑区根小屋2739-128 』 「津久井城」のことを書いたブログで触れたように、初代城主「築井太郎二郎義胤」の勧請ということになっています。

社殿の中は、前の方が「祈祷所」で後部に赤い神殿が置かれています。是で見ると、祭神が複数おられるように見えますね。御弊が三本並んでいます。祭神は「諏訪大神」なのでは? 諏訪大社のホームページを読んで見ましょう。

『諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされております。諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれています。 諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。代りに秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しております。 古代の神社には社殿がなかったとも言われています。つまり、諏訪大社はその古くからの姿を残しております。諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信迎され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は広大無辺で、多くの方が参拝に訪れます。』ここでは祭神が明記されていませんが、「建御名方之命」のほかに、建御名方之命の妃、「八坂刀売神 (やさかとめのかみ)」・・上社前宮・下社主祭神 ・・がおられても不思議ではありません。それで、最近は、木瓜爺は「諏訪大神」ということにしました。

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社殿前に、杉の名木のことが書かれています。敬意を表します。m97-46-16 F1492

 

 

 

 

 

 

 

 

m97-46-17 F1494境内社を見つけました。「正一位金丸稲荷」だそうです。赤いお社です。風土記稿には第六天に続いて『稲荷社。神職大熊丹後之助持』というのがありますが、もう少し大きな稲荷社でしょうねえ・・神主さんがおられるというのですから。

先ほどの「御輿庫」を見ます。これが綺麗な御神輿でした。m97-46-19 F1503

 

 

 

お参りをすませ、下の広場のほうに下った木瓜爺、片隅を拝借して、軽い昼食を摂りました。もう一つ、境内のお地蔵様があったらしいのですが、気が付きませんでした。食べるほうに夢中になっていたのでしょう。このあと、「功雲寺」に行き、地図にある「八坂神社」とか「山王神社」を訪れたあと、根小屋村のもう一つのお寺「興徳山雲居寺」にも寄りたいと思っています。

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