2016/06/15: 津久井散歩;木瓜爺撮歩97-48 根小屋 八坂神社 (No.2716)

根小屋村という歴史有る集落ですが、「新編相模国風土記稿」に記録されていない神社が二つありました。それが、「八坂神社」と「山王神社」なのです。「由来」的な情報がないかと、検索しましたが、「訪れました」というブログには、何も書かれていません。今までの木瓜爺の寺社めぐりの経験からいうと、「八坂神社」は、「午頭天王」を祀った祠からの変化で祭神は「素戔嗚尊」になっている、「山王神社」は「山王権現」からの変化で祭神は「大山咋尊」、というケースが多い様です。そして、勧請の時期は割に新しく、江戸後期から大正にかけて・・・つまり、「神道」を強化した明治維新附近が中心になっているように思いました。「神仏分離」で神社になったということも含まれます。なお、「山王様」の正統な神社系列は「日枝神社」「日吉神社」を名乗ることが多いのです。「山王日枝神社」とか「日吉山王神社」というような名前も、おなじみでしょう。

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功雲寺を出た木瓜爺、来た道を少し戻ります。ここに右に行く道が見えますね。この路が、川を渡る道です。入って行くとT字路となり、左が橋です。これを渡ります。

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この附近の川は、殆ど手入れをしていないようで、川底をみても、水面が見える場所があまりありません。ここを渡り、100m程先で、路が分かれます。m97-48-04 F1621

左の路は南の方に行く道で、方向違いになるので右の下り道に入りました。50m程で、支流を渡りました。二回目の橋です。其の先は、住宅が並び始めます。おそらく、昔からの家もある集落なのでしょう。m97-48-04 F1623

 

路は、何回か分岐しますが、地図を頼りに、ほぼ川にそう方向に進みます。「寺沢」という地域のようです。自治会館の表示板のバックに神社の石段らしいものが見えました。多分、「八坂神社」でしょう。この「寺澤」は風土記稿に小名として記録されています。
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m97-48-06 F1626八坂神社真っ直ぐな石段参道のようですが、途中に広場があるようです。その広場に「寺沢自治会館」があるのかもしれません。長い石段ですが、とにかく広場まで上がって見ます。

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ややっ? 何だか変だぞ? 工事しているのかな? 鳥居に近づくにつれ、状況が見えだしました。

m97-48-08 F1630右手の建物が、自治会館のようです。そして、階段の方は、立入禁止のようです。縄がm97-48-09 F1632張られています。「階段工事中 立入禁止」の札が立っていました。かなりの急勾配ですし、これは、止めて置く方が無難なようです。・・脇の方から回る路もあるようですが、そちらも、半工事状態に見えました。その理由は、後ほど分かります。m97-48-10 F1634

 

下の方からお参りして、撤退することにしました。広場を通過して、石段ではなく、車が入れる坂道の方から下ったのですが、そのとき次の看板をみつけました。m97-48-11 F1639

この一帯が崩落危険区域になっていて、その全体的な補強工事が始まっているようです。回り道のほうも、この範囲に含まれて居るので、工事をしているように見えたのでしょう。「八坂神社」については、2016/5末は、こんな状況でした、ということにして「山王神社」に行きましょう。

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