2016/06/22: 八王子散歩;木瓜爺撮歩91-08 金東山薬王院西蓮寺 (No.2723)

木瓜爺撮歩も、ちょっと手詰まり? 歩くところはまだまだ無くなりませんが、歯の調子が悪くなり、歯医者さんにm91-08-01 F2953西蓮寺行く日が増えてしまったのです。抜歯を控えて、激しい運動などなするなといわれるし、痛みを抱えての遠出もしかねる。手持ち写真は、あと3日分です。河原でも散歩してこようか・・・

御嶽神社の別当寺だった「西蓮寺」からですね。m91-08-02 F2954

 

このお寺は、「新編武蔵風土記稿」ではこう書かれています。『別當西蓮寺 境内五十坪 御朱印の内 社地より一町余を隔て南にあり 新義真言宗宇津木村龍光寺末 金東山薬王院と号す 開山元周法印 年代詳ならず 本尊不動坐像長二尺余 客殿九間に六間 客殿の正面にて南向きなり  薬師堂 本堂の西の側にあり 三間に二間半 薬師は坐像にして長一尺五寸なり   稲荷社 境内の鎮守なり』

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石段を上がって行きます。「金東山 西蓮寺」の名前は変わっていません。鳥居のような門ですね。

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何だか面白いですね。門の中にまた門柱がありました。m91-08-06 F2961

 

手水舎の横を通って、入って行きます。弘法大師修行像もあります。こちらはm91-08-07 F2963、これから行く「龍光寺」の末と云うことですから、「真言宗智山派」です。

「薬師堂」もまだあるのでしょうか? 真言宗のお寺の本堂は、目を光らせた龍や獅子がいることが多いのですが、こちらは割あい素朴です。

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ははあ、天水を受ける槽は、御嶽神社と同じですね。風土記稿では、本尊を「不動」としていましたね。えーと、「ノモーサーマンダー、・・」なんだっけ? 止めた、「南無不動明王」にしよう・・・相変わらずもの覚えの悪い木瓜爺です。多生理由がありまして、十三仏で不動明王の次に出てくる釈迦如来が「ノーマクサーマンダー ボダナンバク」なのです。出だしが同じなので、二行目が分からなくなるのです。

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欄間の中央にだけ彫刻があるようですね。右の方は寺務所らしい。薬師堂は、反対方向のようです。

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「薬師堂」は新しい造りですね。窓が開いています。

m91-08-10 F2968薬師堂

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ちょっと手ぶれしてしまいましたが、中央に「薬師三尊」この左右少し奥まったところに、十二神将が祀られていました。風土記稿の薬師とは変化しています。

「オンコロコロセンダリマトオギソワカ」これは、覚えていました。

薬師如来の真言は忘れないから、ひどい病気にもならずに過ごせているのかも知れませんね。

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「六道地蔵」になると、違うのかもしれないけれど、「オンカーカーサンマエーソワカ」で間に合わせて、一応参拝終了です。

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m91-08-14 F2977薬師堂の横の鐘楼をながめて・・・はて、これはどなたのお墓かな?よく分かりませんが、開山者などの供養碑でしょうか? こちらは「太平洋戦争」の招魂碑。m91-08-15 F2981

もう一度、山門の所で合掌して、辞します。次は、一枚の地図にはあって、別の地図には見当たらない「神明社」を探します。なお、「新編武蔵風土記稿」の「石川村」には、お堂が沢山書いて有ります。「観音堂」「弥勒堂」「地蔵堂」「大日堂」「観音堂」・・・このあたりに詳しい方のブログによると、これらのお堂の仏像は、現在西蓮寺のお堂に収容されているとのことでした。その所為もあるのか、最近の寺社DBでは、本尊を「大日如来」としています。大日如来の方が、不動様より格上ですから、一緒におられれば、「大日如来」になるでしょう。次の機会があれば、拝み直すことにします。

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