2016/07/01:塩船観音のアジサイ;木瓜爺撮歩79-23-1:西光山 塩船寺 (No.2732)

Choi-Boke爺ちゃんのブログ 2010/12/21 、2011/05/08 、2013/04/19    木瓜爺ブログ 2014/05/09  、2015/05/03 と、塩船観音は何度も訪れています。日付で分かるように、「つつじ」の季節が多いのです。塩船観音には、かって「花菖蒲」もあったのですが、近くに「吹上しょうぶ園」がつくられたため、塩船観音のしょうぶ園はなくなりま した。その代用のような感じで、山腹にアジサイが植えられ、だいぶ賑やかになってきています。今年は、それを視察?に出かけました。

アジサイという花は、本来は日本古来の花だそうです。しかし、最近は西洋アジサイが巾をきかせています。この西洋アジサイなるものは、日本から輸出されたアジサイを、外国で品種改良したアジサイで、いわば「里帰り」なのだそうです。

歩いたのは6/28。雨が降り始めて、予定の里山散歩の足元が危なっかしくなったので、急遽目的地変更をしたのでした。何とか10000歩くらいは歩いておきたいけれど、午後は雨の確率が大きくなっているし・・・・、午前中で戻ってこられる場所・・塩船のアジサイ園にしよう・・・

河辺駅発のバスにピッタリ合う時間でした。ただ、木瓜爺のChoi-Bokeで、河辺発と小作発の見間違いをしていましたが、幸いにほぼ同じ時間だったのでセーフ。「河辺発塩船m79-23-01経由小作行き」と「小作発塩船経由河辺行き」なのです。塩船観音入口までの料金は、河辺発のほうが安い(つまり、距離が近い)。

 「塩船観音入口」でバスを降りました。ここから右に入って行きます。観音堂に着く前に、「塩船寺」というお寺があります。門は閉まっていますが、実はこちらが本寺なのです。「新編武蔵風土記稿」には、『盬船村 盬船寺 村の東にあり 西光山と号す 新義真言宗京醍醐報恩院末 寺領五石の御朱印を附せらる 御朱印には入間郡盬船寺とあり 村内観音堂仁王門の棟札には圓船とあり 恐くは誤れるならん 古へは盬林坊と称せしか m79-23-02後今の寺号に改む 本堂九間半に六間半 本尊不動立身の木像 作しれす 開山憲深僧正 弘長三年九月六日遷化 当院は末寺と称するもの七個寺 門徒と唱ふるもの五個寺あり』そして「観音堂」「弥陀堂」「薬師堂」「仁王門」などが記述されているのです。実際に、現在の「塩船観音堂」の前にある鐘楼の鐘の銘には、「西光山 盬船寺」の寺名が刻まれているということを、前述の5件のブログのどこかに書いた覚えがあります。なお、開山者ですが、「新編武蔵風土記稿」の文字は「憲深」と読めるのですが、資料によっては「意深」と書かれています。また、風土記稿には「院号」がないのですが、資料によっては「無量寿院」と入っているものがあります。明日出てくるであろう「阿弥陀堂」には「無量寿院」と書いた額があったように思います。

m79-23-04この「塩船寺」の山門前の石碑と石仏を紹介しておきましょう。これは、「疱瘡神」と彫られています。

「疱瘡」というのは「天然痘」だと思えば良いでしょう。この病気を流行らせる悪神です。悪神なので、ご機嫌を悪くしないようにお祀りするわけです。流行予防と罹った時の回復の両方をお願いするわけです。

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石段の両脇は、お地蔵様の立像と坐像かな? 

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m79-23-07では、仁王門に向かいます。そうそう、現在のことを書き忘れていましたが、「西光山塩船寺」は、現在は「真言宗豊山派」で、靑梅の金剛寺末になっていると記憶しています。観音様のほうは「大悲山 塩船観音寺」で、真言宗醍醐寺を総本山とする「真言宗 醍醐派」の別格本山です。写真は、ストーリーには関係ない雨に濡れた花です。

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