2016/07/04: 塩船観音のアジサイ;木瓜爺撮歩79-23-4 ぼけ封じ薬師 (No.2735)

塩船観音寺の中をあちこち動き回っていた木瓜爺、大事なことを思い出して、本堂下の「薬師堂」にお参りします。その手前には「大師堂」もあります。

m79-23-41 G_0469大師堂

大師堂は「関東八十八ヶ所霊場の72番」兼「奥多摩新四国霊場八十八の59番」。というのですが、どちらも、数があわなくなっている霊場で、はっきり分かりません。「猫のあしあと」さんなど、「関東八十八」のリンクが「関東33観音」につながってしまうほど、こんがらかっています。この両霊場兼務の大師堂で、弘法大師の横におられるのは「薬師如来」です。そして、本物の「薬師堂」。

m79-23-40 G_0468薬師堂

木瓜爺が忘れないで必ずおまいりする理由は、一目瞭然ですね。昔は、普通の薬師如来でしたが、人間の寿命が延び始めたころから、ぼけ封じを主業務になさったようです。本堂前のお守りなどの売店?には、「ぼけ封じ祈願 健康長寿祈願」と朱印のある「奉修薬師如来諸願成就祈攸」(お札)が置かれています。

「新編武蔵風土記稿」では、割合簡単です。『薬師堂 二間に三間 東向 行基作の木像長五尺余 立身』

「行基作」というのは、たいていの場合、わりと素朴な(鎌倉時代の仏師のものに比べると、言葉は悪いのですが、稚拙なもの)が多いのです。それと、自然木の模様などをそのまま利用しているとか・・・。こちらの「薬師如来」はちゃんとした仏像の形になったものですが、今まで何度お願いしても(?)お顔を見せてくださらなかったのです。

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m79-23-43 G_0437せいぜい、この程度でした。今回は、平身低頭して、お願いしましたところ・・・念願叶って、お顔を写させていただけました。学術的には、「藤原仏」の様式だとのこと。相当な古仏です。

「私も、少々、お前達のぼけが伝染してきたような気がするぞ」とおっしゃっておられます。「お風呂にでも入られて、疲れをとられると良いのでは?」。

お礼を申しあげ、御札をいただいて戻ります。そのため、再び本堂に向かいます。今度は、正面の石段です。

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正面からは画角不足なので、売店(寺務所)の前から写しています。右側が「本堂」、昔の「観音堂」に相当します。奧に「鐘楼」が見えて居ます。観音堂には「圓通閣」の額がかかっていました。

「新編武蔵風土記稿」では、『観音堂 村の東にあり m79-23-47 本堂七間に六間 南向 二十級餘の石階を歴て其上にたてり 千手観音を安置す 立身の木像長五尺二寸、行基の作、左右に不動 毘沙門の兩像を列す 各長四尺作しれす 外に二十五尊を安す 各長三尺作知れす 剏立の初を詳にせす 観音堂領五石の御朱印を附せらる 縁日とて諸人参詣する日一年に六度あり 正月十六七の兩日 二月初午 七月十日 及ひ十六七の兩日なり』

「千手観音」他の仏像は、外からは見えませんが、拝観は寺務所に申し出れば、可能です。ただ、写真は無理でしょう。ここには、本尊の両側に「二十八部衆」という都有形文化財指定の仏像が並んでいます。靑梅の市史に詳しい記述があるようです。

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「鐘楼」の横を通って、もう一つの「鐘楼」のほうに行きます。ここにも、アジサイ少々です。

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明日は。ここから右の斜面に下って、アジサイを眺めることにしましょう。

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