2016/07/10: 八王子散歩;木瓜爺撮歩91-14 左入村の薬師堂 (No.2741)

今日は参議院選挙 投票日ですね。東京はあまり盛り上がっていません。投票率も低そうです。此の後に控える都知事選の方がいくらかマシになるのか? 選挙権は「権利」だけど「投票に行く」というのは「義務」なのかな?
ボランティア社会奉仕の「公園掃除」がおわったら、投票だけはしてきましょう。・・・

「埼玉神社」を出て、16号線を一旦横断し、西に向かいました。交差点で右折すると、見慣れた標識です。真っ直ぐ進むとカーブしますが、拝島橋を渡る道です。

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車を乗り回していた頃は、このあたりを「左入の交差点」などと呼んでいました。お蕎麦屋さんの少し前で「滝山街道」と交差します。そこを左に入ります。

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木瓜爺ブログの「滝山街道撮歩」は、2年前 2014/07/04 「秋川神社」から始まって、滝山城址を越え、2014/09/28 「高月八幡神社」まで、延々と続いています。そのときは山に上がってしまったために、左入付近の寺社には寄れませんでした。9月9日のブログに、「左入町」の「薬師堂」は、ついでがあれば探検すると書いています。今回は、その「薬師堂」には寄っておきたいと考えていました。

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左入には病院が固まっている山部があります。その入口に来ました。昔の「薬師堂」が現代の病院の横にあると面白いな・・ちょっと此路を探索してみます。

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坂道の折り返し地点で、下界を眺めています。「薬師堂」はなさそうですね。右の奧に四角い建物屋根が二つ見えますが、周囲のつまり具合を見ると、住宅のようです。

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こちらの方角はどうでしょう。それらしいものは見えませんね。山の上の病院にも入り込んでみましたが、お堂などはありません。あきらめて、滝山街道まで戻り、再び西進。次の道だったと思いますが、ちょっと気になる壁がある道を発見。

m91-14-06 F3430薬師入口

この道、なんとなく、「何かありそう」と思わせます。この辺は、滝山街道散策の経験・カンです。地図で見る感じでは、先ほどの病院のとなりあたり、山の中に卍マークm91-14-07 F3435があるのです。ただ、入口の道が書かれていないのです。こんもりとした森の中に有りそうだな・・・どんどん進んで行くと、白い看板がありました。「通り抜け出来ません」がメインの看板ですが、「薬師堂」と書かれていました。m91-14-08 F3436

 

 

 ほっとして、紫陽花にも目が向きました。

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 山道をたどって行くと、「薬師堂」が姿を現しました。

「新編武蔵風土記稿」には、こう書かれています。『左入村 薬師堂 四間に二間半 山神祠の傍にあり 薬師は銅像長一尺五寸ほと 村持 因に云 北地に昔 太平山成就院と云 密場ありしが 何の比か住僧邪法を修せしにより破却せられたり この薬師堂ももとは其の境内にありし堂なりしか 其のまま廃せすして今は寮となりわつかに地頭免除の地を附して矜持と成けり』

となりにあったという山神社は『社地百五十坪 北の方 山中ににあり 小祠にして南に向ふ 村持』となっています。ただし、現在は何も見当たりません。

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太平山成就院という寺の薬師堂であったが、その寺の住職が「邪法」を行って廃寺にされたというのです。いつの頃か分かりませんが、寺が幕府の管理下に入ってからの「邪法」というのは、谷中の感応寺あたりの事件を思い出しますね。あとは、江戸期に入る前の「真言立川流」ですか・・「吒枳尼天法」も邪教とされましたね。これも真言宗なのですが、狐を使う術です。稲荷信仰に真言宗が結びついて、一派を造り出していったのですが、真言宗自体がこれは「邪法」であると断定したものでした。

お参りして、格子の間を覗いたのですが・・・

m91-14-11 F3452薬師堂内部

中央に「薬師如来」。右の方に「不動明王」の提灯があります。ここも「真言宗」の系統であるようです。とすれば、「真言宗立川派」か「吒枳尼天法」か、そういう流れのなかで揉まれたお堂なのでしょう。

m91-14-12 F3460あれ? ちょっと「薬師如来像」の所が変です。手ぶれしそうですが、アップしてみます。・・一枚だけ止まりました。

薬師如来銅像は見えません。座と背光はあるようですが、石が置かれているように見えます。不思議な薬師如来です。

薬師と不動の間にある扁額ですが、「薬師如来 太平山 成就院」と書かれています。「新編武蔵風土記稿」の記述はこれから来ているのでしょう。

境内にある石灯籠には、「奉納薬師如来」、「文化五戊辰八月吉日」と刻まれているようです。

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 お堂の横に、お地蔵様群がおられました。子細は分かりませんが、成就院の名残なのでしょうか?「左入村 中丸」の文字が彫られていました。m91-14-14 F3466

 

 

 

 

 

 

「中丸」というのは、左入村の小名です。南の方だそうです。

薬師堂から、左入会館入口というバス停に出て、20分待ち。1時間に1便のバスですから、これは短いほうです。拝島橋を越えて拝島駅まで歩こうかなどと考えていたのですが、入ろうと思ったバス停近くのラーメン屋が定休日だし、近くのコンビニに寄ってトイレを借りたあと、おとなしくバスを待って、八王子経由で帰宅しました。

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