2016/07/21: 自宅の盂蘭盆会のお話〔2〕   (No.2752)

お盆の期間、お寺における仏膳は、大変なようです。先日ちょっと漏れ伺ったお寺では、朝昼晩、つまり毎食ちゃんと供えるということでした。我々一般家庭では、そこまでやっていたのでは、人間様の方の生活がなりたたないですね。

考えてみると、木瓜爺の場合など朝はコーヒーか紅茶にトースト、昼は家に居てもスパゲティ、ラーメン、そば、うどんといった麺類になることが多いし、米のご飯は夜だけです。従って、仏様にも付き合って貰って1日1食になっています。ご飯とお茶だけの夕食ですが、別に文句もおっしゃいません。夜供えて、翌朝まで供えっぱなし・・朝、水だけは供えますが、そのとき下げてきたご飯は、スズメの朝食となっています。スズメを飼っているわけではありませんが、朝になると「爺ちゃん、なんか頂戴」と集まってくるのです。

そんなわけで、お盆でも「精進料理」を供えるのは、夜だけにしています。お盆など特別な時のお膳は、「霊具膳」「霊供善」(れいぐぜん、りょうぐぜん、御がついた状態で おりくぜん)などと呼ばれます。「料具膳」と書くこともあるようです。

盂蘭盆会5このお膳、我が家の写真で説明した方が分かりやすいかな? ちょっと雑な盛り付け状態で気が引けるのですが・・・このお膳と食器ですが、これ木瓜爺より少し年寄りらしいのです。漆器なのですが、もう塗りがはげたり、膳のほうには割れが出て来て、赤いビニールテープで包帯が巻かれています。買い換えの予定なのですが、お盆が過ぎると忘れてしまうのです。

ユリア樹脂の製品ですと、5~6千円。普及品の漆器ですと、2万~4万、上質の漆器ですと、8万くらいからでしょう。大きさは4寸、5寸、6寸(約18cm)、7寸などいろいろ有りますが、これは6寸のものです。つまり、一辺が約18cmの膳です。先日、インターネット通販で手頃なのを見つけたのですが、6寸で22.5cmと書いてあったので、こりゃ変だ? と、再調査中。漆の色は、外が黒で、内側が朱というタイプとこの写真のような朱だけの物があります。宗派によって違うのだそうです。木瓜爺の所は朱です。

亡母が書き残した料理は、「酢の物」「煮物」「豆」「とうふなどの汁」「ご飯」をもう少し材料限定して書いて有りますが、普段使う物を適当に当てはめて、家内が作っています。禅宗のお寺などでは、もっと素朴なものも有ります。「沢庵」「煮物」「和え物」「味噌汁」「ご飯」・・・沢庵(漬け物)などが入っています。素朴が第一と思っていたのですが、ネットで見ると、「霊具膳」用レシピ 100種などというものが出て来たりします。これは、仏様にお供えする物を人間も同じように食べるという思想で作られたもので有ることを祈ります。
この食器の見分けが結構難しかったのですが、これも最近はネットで分かるようになりました。なお、食器と並べ方は若干異なる場合があるようです。「精進料理」ということにこだわると、昨日も書きましたが「椎茸」「昆布」の出汁ということになりそうです。「タマネギ」なども良い味をだすのですが、精進料理では臭いの強い物は駄目なので、ネギ、ニンニクなどは御法度なのです。「葷酒山門不許」のあれです。
お膳を幾つ用意するかということに関して、幾つもの説があります。いろいろ読み比べて見た結果をまとめてみます。新盆などの場合は、「佛(お釈迦様の方です)」と、「ホトケ(亡くなられた方)」の2膳を用意するというのが正式なようです。ただし、これは「仏具屋さんの陰謀」めいた所もあります。木瓜爺の家では、母が亡くなるまでは、大小(4寸と6寸)の膳を用意し、小さい方は「天神様」(後で説明します)、大きい方は「ご先祖様」に供えていたようです。この「天神様」というのは、祖父(工芸図案家:今で云うとインダストリアル・デザイナーでしょうか?)が、自分で彫った僧形の天神木像を仏壇の横の棚に置き、仏像扱いをしていたのです。 母が亡くなったあと、仏壇は我が家に引越ましたが、「天神像」は倅の家に引越しました。・・・無事でおられるのだろうなあ? 今度倅が来たら確かめてみよう・・・  話を戻します。膳を沢山用意させる説の代表は、「招く先祖の霊プラス1」です。この説はむちゃくちゃです。我が家ですと位牌の名前だけでも6霊、過去帳で算えると20を越えて居るでしょう。おまけに自分の先祖だけで無く身寄りの無い霊まで来て下さいと云っているのでしょう? 下手すると無限大になってしまいます。霊達は実際に食べるわけではありません。ですから、通常は、まとめて一つで良いことにしましょう。いろいろな点でゆとりがあれば、2膳。供えて1時間(ご飯が冷めてしまう程度の時間)したら、下げてきて、人間が頂くというのが、一番仏様の心に従っているのではないでしょうか? 木瓜爺はそんな風に考えています。

盂蘭盆会4昨年までは、14日にこれを供えて、15日はどうすりゃ良いのだ? と、悩んだのですが、今年は、14、15の両日、一部変更くらいの感じで「霊具膳」を供えました。先ほどのみっともない盛り付けは、15日に、是にしとこう・・と、木瓜爺が集めたために起きた現象でして、14日はちゃんとしていました。なお、「浄土真宗」は、こういう物は供えないのだそうです。家内のサトは「浄土真宗」だったもので、子供の頃からの経験がないので、余分な事をやらされていると感じるようです。

16日に送り火としたのですが、16日の夕食は普段のようにご飯とお茶だけに戻る筈だったのですが、孫娘が「送り火」も見た事がないとやってきたので、夕食前に、送り火を焚いてご先祖様を追い出し(?)、そろって外食にゆくという失礼なことになってしまいました。翌朝、雀どもが文句をいうので、余っていたパン耳を細切れにして蒔きました。

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