2016/07/25: 新宿散歩;木瓜爺撮歩102-11 圓通山 正受院 安禅寺〔たんきり地蔵〕 (No.2756)

m102-11-01 F3697「笹寺」から「新宿通り」に戻り、横断します。幸いに直ぐ近くに横断歩道がありました。少し右に行ってから左に入ったのですが、道のカーブを地図と見比べると、一本早かったようです。右側が少し小高くなっていましたので、階段を上がれる場所で右に入ると、「正応寺」の前にでました。ここでは行き過ぎだ・・と、少し新宿通り方向にバック・・すると、「安禅寺地蔵堂」がありました。

m102-11-02 F3705安禅寺地蔵

この地蔵堂だけのお寺なのかなあ・・・m102-11-00 aizumi_anzen1s後ろの方の建物が、「安禅寺」の本堂なのでしょうか? どうもそのようですね。右はちょっと前の写真らしいのですが、「猫のあしあと」さんの記事で「安禅寺本堂」として紹介されていた写真です。その記事によって、寺の概要を紹介しておきます。『安禅寺は、慶長13年(1608)麹町清水谷に創建、寛永11年(1634)当地へ移転しました。法印堯観(元禄8年1695年寂)が宗旨を天台宗に改め、富久町自証院末として中興しました。』とのことです。

地蔵堂の前に「掲示版」がついています。

m102-11-04 F3702『たんきり子育て地蔵尊縁起:   大地がすべてのものを育てるようお地蔵様は常にこの世の人たちを守り育てて下さいます。
このお地蔵さまはたん切り子育てのお地蔵さまで子供のセキや老人のゼンソクのタンをきれない方が信仰すると効能がある霊験あらたかなお地蔵様です。
その昔慶長十三年真言僧行善によってこの寺が現在の和田倉門附近に創建された時から門前に安置されていた。
その後江戸城の拡張工事があり寛永十一年(1634)に安禅寺が現在地に移転した際にこのお地蔵様も一緒に引っ越して来ました。
降って幕末に近い安政六年の青山恩田の大火、大正十二年の関東大震災に遭いその都度修復されて信仰を広めて参りましたが近くは第二次世界大戦末期の昭和二十年五月二十五日夜、お寺と共に焼失してしまいました。
ところが形ある即ちお地蔵様の石の御神体は亡びたが 形なき者即ちお地蔵様の大慈大悲の御精神は亡びなかった。何故ならば、今またここにご縁ある人々の努力によって立派に復元建立された人々に篤く信仰されています。』

m102-11-03 F3701

雨の日のカメラは、上を向けると忽ちフィルターに水滴がつくので、ご覧の通りです。これでも、ハンケチがびっしょりになる程拭き取っているのですが・・・

「たんきり」をしてくださるとあっては、念入りに「オンカーカーサンマエソワカ」を唱えておきます。では、通り過ぎて来た「正応寺」に戻ります。

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