2016/08/02: 靑梅漫歩 髙水山麓;木瓜爺撮歩02-07 成木の仏2 瀧上山大正院跡 と その周辺 (No.2764)

「常福院」は、「新編武蔵風土記稿」にも書かれていますが、当時は山頂の不動堂は別物扱いで、「常福院持」の形になっています。本寺のほうは、『常福院 除地九畝十六歩 小名入平山の傍にあり 真言宗新義 郡中下成木村安楽寺の末 高水山龍學寺と号す 本堂七間に五間半 東向 本尊不動 木の立像 長一尺二寸余 開山開基不詳』と紹介されています。この東向きの本堂はまったく見当たりませんでした。ひょっとすると、あった場所が、現在と違っているのかもしれません。

此の記述に続いて『大正院 除地一段十四歩 小名瀧ノ上にあり 真言宗新義 前と同寺の末 滝上山と号す 本堂五間半に二間半にて 南に向かう 本尊地蔵は長七寸はかり 愛宕堂と云う 村民持』が書かれています。現在の地図にある「大聖院」は、「大正院」だったのだろうと思いました。変名の理由は「大正」という元号の所為? 勝手に決めて、ブログタイトルにしてしまいました。違って居たらゴメンナサイ です。

m02-07-01 F3855

 

「常福院」から元の道に戻る途中、向こうの山に「お堂」らしいものが見えました。地図で確認すると、方角的には「文殊堂」らしいです。石垣沿いに左に下りますと、そこm02-07-02 F3856にも「高水山入口」の石碑です。寺参りということで考えるとここが正門になりそうです。ここから、川沿いに上流方面に向かいます。「瀧」を見つけたい・・何しろ小名「瀧ノ上」ですからね。m02-07-03 F3860

 

有りました! 落差は2m程ですが、一応滝です。そして、左手に、地蔵堂が見えました。

m02-07-04 F3864小屋的な建物は敷地の左側に並んでいますが、寺としての機能しているようには、見えません。

m02-07-08 F3873「廃寺」になったのか、無住なのか・・・本尊が「地蔵菩薩」でしたから、「地蔵堂」があれば、お参りは出来ます。

m02-07-05 F3866

 

「オンカカー・・・」と拝んで、お堂の端の方をみると、・・・布袋さんかと思ったら、袋を背負っておられますね。ということは大黑さんのようです。

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「文殊堂」のほうに行くには、川を渡らないといけないな・・地図を見ると、山をぬって行く細道がありそうです。丁度直ぐ傍に橋がありました。これを渡って見ましょう。

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と、右手に仏の気配・・・m02-07-10 F3877「観音様?」

 

いや、「庚申塔」ですね、下に三猿がいます。「青面金剛」です。さらに、その右に・・お地蔵様三体、と小祠です。

m02-07-11 F3882

 

「新編武蔵風土記稿」には、この上成木村に神社も26程記載されています。その中で「小名滝の上」にあるのは、「子ノ神 秋葉合社」。川を渡ったから小名が違うかな? 明治の時代、一村一社の方針が出た時に、こういう祠になったのかもしれません。 続いて、「道」を発見。多分このみちでしょう。

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