2016/08/28: 沢井-軍畑;木瓜爺撮歩36-03-1 太平山雲慶院1 (No.2790)

青梅線沢井駅は、いつも山歩きや撮歩の帰りの乗車駅なのです。ちょっと奇妙な駅ですが、周囲を歩き回る元気がなくて、駅裏にある「雲慶院」も何年も、ただ「寺らしいのがあるな」で終わっていました。今回、軍畑から成木の方に回る前に、沢井-軍畑を歩いておこうと考えました。撮歩のNo.は、Choi-Boke爺ちゃんのブロク時代に、軍畑を歩いた時の36-1,36-2 の続きです。

「奇妙な駅」と書きましたが、駅舎の屋根が「寺の塔」の形なのです。最初はそれなりに面白かったのですが、駅の階段や通路部分が改修されると、段々「変な形」に成って行きました。サマになる写真がありません。こういうことになっています。

m36-03-04 F4360

この塔は、川向こうの「日本寒山寺」を真似た物と云われています。つまり、寒山寺を観光資源として行こうという狙いだったのでしょう。

さて、8/25、木瓜爺は青梅駅で「奥多摩行き」を待っています。羽村でコンビニに寄ったために、一電車遅れ、青梅駅で30分待ちになってしまいました。コンビニに寄らずに行けば接続はよかったのですが、沢井駅付近にはコンビニがないので、別の一苦労になるのです。とにかく、水分補給はこまめに・・文庫本を読みながら、ぐびりぐびり・・酒ではなくて、ポカリです。

m36-03-01 F2902青梅駅

やがて、電車が来て、沢井に下車。

m36-03-02 F2903

先日の御岳渓谷散歩をここから始める人でしょうか、山登りとは雰囲気の違う人々が下車してきます。m36-03-03 F2905

ホームから「雲慶院」の看板が見えます。このお寺、最近はヨガ道場などもやっていて、女性に有名なようです。記憶が定かではないのですが、大昔、ホームから「山門」が見えたような気がするのですが、今回実踏してみたら、「山門」はありませんでした。それで、10年くらい前の此の寺を訪れて書かれたブログを探しましたら、やはり山門の写真が入っていました。道路拡張と保育園の建設かなにかで、撤去されてしまったのか?

m36-03-05 F2911

ここが入口のようです。「如意輪観音」が門番・・このお寺に関しては、「新編武蔵風土記稿」にも書かれていますが、その後のことを含めると「靑梅市の市史」が詳しく書かれているそうです。原本は入手していないので、「猫のあしあと」さんの引用から、概略を記述しておきます。『大平山雲慶院:沢井・大平(現・沢井二丁目)にあり、本尊は釈迦如来。開山は九山整重で、開基は野村豊後守高貞。高貞は北条氏康に仕え戦功があり、吾野村(現・飯能市)に五十貫文を領していたが、負傷し当地に草庵を構え隠栖したと伝える。一説には天正十四年(一五八六)。その子貞常が一寺を建立し、雲渓m36-03-06 F2912如意輪観音院と呼んだともいう。寛文年間(一六六一~七二)寺領七石の朱印状が寄せられ、宝永年間(一七〇四~一〇)七世天州の代、小沢氏の寄進により本堂その他が再建され、宝永二年には銅鐘が鋳造されている。その銅鐘は第二次世界大戦中供出され、鐘楼には新鋳の梵鐘がかけられている。(「青梅市史」より)』

ここは、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所の71番ですが、後で写真を出しますが、霊場としては「十一面観音」のようでした。もう一つ「阿弥陀堂」も有るのですが、「観音堂」と呼ぶ方もおられて、ネット情報では理解が進みません。実踏してみて、総て分かりましたが・・

ともあれ、門番の如意輪観音にご挨拶して、本堂の方に進みます。右手に鐘楼があり、正面が本堂。本堂の横には庫裡が続いているようです。

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m36-03-07 F2918

本堂は、一見茅葺き・・・実は後部は「茅葺き」ではない屋根が出来ていました。

「どうぞ、お上がり下さい。」と寺の女性が声をかけて下さったのですが、m36-03-08 F2921最初から腰を据えてしまっては、先に進まないので、お礼だけ言いまして、下から拝ませて頂きます。m36-03-09 F2923

一見「冠を付けた観音様」に見えましたが、「お釈迦様ですよ」と教わり、見直すと「肉髻」のお釈迦様でした。「本尊 釈迦」で間違いはありません。

「新編武蔵風土記稿」の記述を見ます。「多摩郡三田領 澤井村」 『澤井村は上下の別ちあり 郡の西寄にて杣保庄に属す 江戸日本橋より行程十四里にあまれり 村名の起こりは村内所々に澤ありて水にとほしからず 故に村民等井の水をたのます・・(後略)』雲慶院については、『雲慶院 除地境内二百坪許 小名塚瀬にあり 太平山と號す 禅宗曹洞派にて 根ヶ布天寧寺の末 寺領七石を賜ふ 客殿九間半に六間南に向ふ 本尊釋迦の坐像一尺五寸なるを安す 開山を整重九山と云 天正十四年七月十三日に示寂せり 御朱印もありて古き寺なれども 寺傳を失ひたれば詳なることを知らず
鐘楼 門を入て右の方にあり 九尺四方 鐘のわたり二尺、寶永二年に鑄しものなり
観音堂 本堂の西の方にあり 堂三間四方 本尊彌陀を安し 長二尺なる坐像なり 西國三十三所の観音の寫を安す 木像にて長九寸餘。白山祠 堂後の丘上にあり 小祠なり』

本堂に向かって、左横から、六地蔵などが始まりますますが、それは、明日に・・・

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