2016/08/29: 澤井-軍畑;木瓜爺撮歩36-03-2 太平山 雲慶院2 (No.2791)

本堂左(向かって)側に、六地蔵等がおられます。その前を抜けると墓地への階段が始m36-03-10 F2924まり、左の方に「阿弥陀堂」があります。この「阿弥陀堂」は別名「観音堂」!

m36-03-11 F2925一番手前は「地蔵菩薩」坐像。続いて「六地蔵堂」。一番奧に、71/88霊場用の石仏があります。

最初の「地蔵菩薩」は、寶珠を抱えておられるようですが、六地蔵のセンターも同じ形に見えました。地蔵様といえば、錫杖と寶珠なのですが、錫杖を持つようになったのは、やや新しいのだそうです。ですから、ここは古い形式ということのようです。なお、六地蔵軍団のセンターは、「阿弥陀如来」であることも多いのですが・・m36-03-12 F2927

m36-03-13 F2929 こちらが霊場用の「大師堂」。向かって左が「弘法大師」で、右は「十一面観音」でした。十一面観音は、大きい一つのお顔にしか見えませんが、頭部に小さい顔が並びます。

しかし、木瓜爺誤解しているのかも知れません。新奥多摩八十八札所の71番は、「雲慶院 本尊 釈迦」と書かれています。なぜ、十一面観音があるのか?

写真を調べます。確かに「七十一番」と彫られていますねえ? どうやら、「奥多摩霊場新四国八十八札所」のリストを作った人の勘違いで、「雲慶院本尊」の名前を書いてしまったようですねえ・・インターネット上で見られるリストには、こういう実地検証をしていないためのエラーがよくあります。別の方が歩かれて書かれたブログを見つけました。 『札所71番 太平山 雲慶院 <千手観音>◆青梅市沢井2の雲慶院は、沢井駅の北側にありホームからも見える。おおきな萱葺き屋根が特徴で、周りの景色にすっかり溶け込んでいる。駅から南へ出ると楓橋があり、御岳渓谷一帯が見渡せる。大師堂は本堂左側の奥にある。』 間違い有りません。安心しました。

m36-03-20 F2932奧の石段を上がります。昨日、本堂の屋根のことを書きましたね。一見茅葺きなのですが・・・後部には、現代版の屋根が付いています。背面への出っ張りは、現代です。うまい使い方ですね。上のお堂の高さまであがりました。m36-03-14 F2934阿弥陀・観音堂

 

このお堂、昨日の「新編武蔵風土記稿」におかしな記述になっていましたよね。『観音堂 本堂の西の方にあり・・・本尊弥陀を安し・・・西国三十三ヶ所の観音の写を安す・・・』それを確かめられるかどうか・・・

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「圓通閣」という「額」が懸かっています。島根県松江にも「圓通閣」という名前の観音堂があるのですが、そこも「西国三十三観音の霊場を模して三十三体の観音像が並ぶ。」という事です。深い意味は分かりませんが、「圓通閣」は共通的なネーミングなのでしょうか? あそこも、ここと同じ「曹洞宗」でした。そうか! 曹洞宗ですから、「観音堂」と云いたいのですね。「阿弥陀堂」だと浄土宗系みたいになってしまう。

「南無阿弥陀仏&南無観世音菩薩」で拝んでおいて、中を覗きます。

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なるほど。こうなっているのですか! センターの「阿弥陀如来」左右に、三十三観音が並んでおられます。これは、霊験あらたかなようです。拝むだけで得した気分。

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「観音堂」の横には、こうした古仏も並んでおられます。じっくり、拝観して・・そろそろ出発します。

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道路に出て、振り返りました。鐘楼の写真が無かったのは、お寺のお嬢さん(?)が、ずーっと鐘楼廻りの手入れをなさっていたので、写しにくかったのです。この角度からですと木の陰になっています。

今まで20枚位の写真を並べていたのですが、昨日、今日は10枚/1日で書いて見ようとしています。残存容量があと300MB位になったので、延命策です。

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