2016/09/15: 江ノ島;木瓜爺撮歩10-11 江ノ島大師 (No.2807)

坂道が見えて、「江ノ島大師」の方向が分かりました。

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これを下って行けばよいようです。この「江ノ島大師」は、藤沢市観光協会のページを見つけたのですが、それを先に紹介しておきましょう。『江の島大師は、室町時代より代々修験行者家系の第18代目相承者である傳燈大阿闍梨・大僧正 池口惠觀法主の開山になる最福寺の関東別院として、平成5年に開山された真言宗のお寺です。
御本尊は不動明王で、本堂には、室内にある像としては国内最大6メートルの赤不動が安置されています。』始めて寄るということが自分でも不思議だったのですが、平成5年開山なら、木瓜爺がチョコチョコ遊びに来ていた若い頃にはなかったわけです。それと、開山者に注目して下さい。「池口惠觀法主」・・・大変な「怪僧」です。鹿児島にある「最福寺」の「関東別院」・・・これは、あまり撮歩向きではないかなあ・・といっても、来てしまった・・・m10-11-02 F4648江ノ島大師真言宗ですが「単立」寺院です。

入口にポスターがありました。これを見た時に、おや? と思ったのです。おや? は、m10-11-03 F4649此の後も続きますので、あとでまとめて書くとして・・・・m10-11-04 F4654 門を入ると、左の方に、お地蔵様か弘法大師か・・ポツリポツリと並んでいます。

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そして、仁王様です。不動明王のおられる円形の本堂の外壁に「読経会」の案内が張ってありましたが、読むお経が「理趣経」・・真言宗のお葬式などで常用されるお経だそうです。ただ、このお経、恐ろしい?話になって行く恐れがあるのだそうです。「男女の交わりで子ができることは、精神と肉体が和合すれば魂が誕生するという自己完結の真理のことの譬えであると教えている密教経典の一つ、
空海が最澄にこの本だけは貸さなかった。なぜならば、正しく理解しないならば風俗に陥る危険があるから、という理由であるとされています。」と解説されています。(翻訳されたものを試しに読んで見ると、『男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である。』なんてことが、延々と書かれています。)で、これを悪用した僧侶が沢山うまれた時代がありました。

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入口を入ると、左手に不動明王がおられ、その前はひろい拝殿になっています。右の方には展示物などが並んでいました。このお寺のホームページでは、ここで写した写真を投稿して下さいと書かれていますから、撮影禁止ではないのです。ただ、堂内は暗いので、ストロボなしでシャッターをおしても、何も映りませんでした(手ぶれしてしまう)。頂いたパンフレットを見ながら、続けます。

m10-11-00『江ノ島大師の建立地は、真言宗の開祖である弘法大師が開山し、その後、辨財天を祀られるようになった神仏混淆の寺・金亀山與願寺が、明治維新後の廃仏毀釈で、神仏分離により取り壊された跡地です。』・・「新編相模国風土記稿」では、『辨天社 金亀山與願寺と号し 日本三辨天の一なり・・・』と書き出していますので、まあ間違いではないでしょうが、多少疑問も残ります。位置的には、三宮ではなく「山上の旅所」(御神輿などの休憩所を旅所と云います)かも知れません。あるいは、上ノ宮の世話をした上ノ坊の一部があったのか?

不動明王は「赤不動」ですが、護摩の煙で、すすけておられます。これは、最福寺別院のHPから借用した写真です。気分が落ち着いていれば、不動様の前に座り込んで見たいのですが、そろそろ帰らないといけない時間になっていました。

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景色を眺めながら、戻ります。戻りながら、「大僧正 池口惠觀法主」のことを、紹介しておきます。悪い噂が絶えない?大僧正ですが、あなたは何をご存じかな?例えば、北朝鮮のビル立ち退き問題の時、ビルを買うと云った「鹿児島の宗教法人」がありましたね。あれは、最福寺・・つまり大僧正 池口惠觀法主だったのです。ただし、お金が集まらなくて立ち消えになりましたが・・・インターネットで、この名前検索をすれば、いろいろ出て来ます。

でも、凄い方なのです。1936年生まれですから、木瓜爺より二歳若い。高野山大学を卒業したあと、密教の行者として、護摩修行。「百万枚護摩行」というのをなしとげ、真言宗の高僧になられたのですが、たしか「日本人の臓器移植に対する精神構造」という博士論文で、山口大学から医学博士の学位を授与。ロシア国立ハバロフスク医科大学や広島大学医学部の講師でもあるのですよ、m10-11-10 F4673

ある方のブログでは、次のように書かれていました。

『安倍総理大臣など政治家達とのつながりが深い「永田町の怪僧」。芸能界の中にも信奉者が多く、暴力団、北朝鮮とのつながりも噂され評価は分かれますが、お寺自体は立派で信者以外でも参拝ができ、「赤不動」の迫力は目を見張るものがありました。最福寺や池口氏の一連の活動の是非はともかくとして、江の島の島内に寺院を再興させたことの意義は大いに存在すると思います。』

木瓜爺もほぼ同感。納骨堂の「延命寺」を別にすれば、江ノ島にはここしか寺がありません。・・・・ただし、「理趣経」には、ご注意を。女性には、評判の悪いお経です。お経が男性の行為として書かれている為でしょう。
忘れていました、この江ノ島大師は、戒名に総て「院号」を付けて下さるそうです。その布施は「お気持ち」だそうです(HPに記載されています)。「院号」がつくという最上位に近い戒名代(? 戒名を頂くお礼)というのは、0が6つ付くと言われる世の中、これは大変な朗報(?)ですね。・・・明日は、「兒玉神社」のお話・・・

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