2016/09/20: 奥武蔵・官ノ倉山山麓;木瓜爺撮歩8-17-1 三光神社〔1〕 (No.2811)

「三光神社」のあたりからは、下記のブログで一度書いています。重複しないようにしないと・・・07- 奥武蔵散歩;木瓜爺撮歩8-13 官の倉山2006 (No.2464)

ただし、十年前の写真でしたから、あまり気にしなくても大丈夫かもしれません。

m8-17-01 F4737

「慈恩寺」から元の道に戻りました。このみちは「奥秩父七峰縦走ハイキングコース」になっています。七峰って、どこからどこまでだっけ? これは、「駅からハイキング」の一貫で「外秩父七峰縦走ハイキング大会」というのがあるのです。結構大変な距離になるのですが・・・『埼玉県比企郡小川町から、秩父郡東秩父村の山々を馬蹄形に回り、大里郡寄居町に至る42.195km(山道のため正確ではありません)と、マラソンの距離と同じで、見晴しの良い外秩父の主な峰々を縦走するコースです。』『小川町駅(スタート)-官ノ倉山-笠山-堂平山-剣ヶ峰-大霧山-皇鈴山-登谷山-鉢形城公園内(ゴール)-寄居駅』 官の倉山から笠山の間が大変ですね。どう考えても2.5時間、車道歩きも含まれます。笠山に上がってしまえば、後はm8-17-02 F4739馬頭観音快適な縦走コースでしょうが・・・。ハイキングコースとなっていますが、トレランを意識しているのかも知れませんね。

お、これは立派だ。木瓜爺の目に飛び込んで来たのは「馬頭尊(馬頭観音)」の石碑です。この辺は、風土記稿の時代では「竹澤 木部村」家の数が五十六となっています。勝呂村が百十戸ですから、その半分ですね。

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水田などはなくて、精々畑作でしょうか? 道は真っ直ぐ「官ノ倉山」に向かっています。写真で、電柱にはまれた丸いピークが「官ノ倉山」です。この時点では、まだ「登って見るか」だったのですよ。ただ、冬場と違って、見晴らしは余り良くないかな?という思いはありました。

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所々に分岐がありますが、目標物が正面に見えていますから、迷いません。ひたすら前進です。やがて、十年前にはなかった物が出来て居る所に来ました。「木部公衆トイレ」。これは有難い施設です。10年前には、どこかにないか? と、三光神社を探し回った覚えがあります。神社にも一応付いていますが、仮設的なものなので、こちらの方が利用しやすいです。その神社ですが、この写真の左の丸い森の所にあります。もう一息です。夏場なので、それ程溜まりませんが、山に入るとなると、寄っておこう・・ m8-17-05 F4750

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ほんの少し先で、道路は二叉に分かれます。「三光神社」は左側にあります。右の道はm8-17-07 F4753「吉田家住宅」という案内になっているのですが、これがどこに有るのかさっぱり分からないという道です。前回も、今回も分かりませんでした。ブログを書きながら、地図を確認したのですが、ここから1km以上も離れた「上勝呂」という場所・・・つまり駅の方に戻った所にありました。『吉田家住宅は、享保6年(1721)に建築された、実年代のわかる県内最古の民家です。平成元年(1988)に国の重要文化財建造物に指定されました。建物の規模は、桁行21.8メートル、梁間10.5メートルを測ります。』なのだそうです。

で、「三光神社」に行きます。説明板が立っていました。武蔵七党の「兒玉党」の末裔「竹沢氏」が創建したものだと書かれています。ここにも書かれていますが、江戸時代は「妙見社」。

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「新編武蔵風土記稿」には、簡単にこう書かれています。『妙見社 村の鎮守なり 村持ち』  右の方に「村社」の石碑もありますね。

m8-17-09 F4755三光神社

ゴメンナサイ。ちょっと指先が痺れてきましたので、続きは明日に・・・口惜しいけれど、年ですねえ・・多分、血行が悪くなるのでしょう。1500文字でダウンです。

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