2016/09/23: 奥武蔵・竹沢散歩;木瓜爺撮歩8-19-1 竹澤山 雲龍寺〔1〕 (No.2814)

目指す「雲龍寺」は、八高線の北側、東武竹沢駅の東にあります。「新編武蔵風土記稿」の村名でいうと、「竹澤 靱負村」になります。「靱負」は人の名前からきているようです。『靱負村も竹澤六村の一なり 秩父郡御堂村浄蓮寺の境内に 靱負尉□勝と彫りたる碑あり 此人当村に住せしにより靱負村と唱ふと土人いへり・・・』。「靱負尉」は「ゆきえのじょう」と読むとのことです。

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山に背を向けて、木瓜爺は来た道を戻ります。しばらくは、あまり神経を使わないぶらぶら歩き。重い登山靴に足も慣れたようで、普通に歩けています。

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水田がありました。来るときには気が付かなかった水田が、川側に点在していました。慈恩寺をすぎ、安照寺を過ぎて、竹澤小学校の近くまで戻って来ました。朝右折した四つ辻です。ここを渡って直進します。

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踏切を渡ります。これは「JR八高線」、右手の方に「東武」が高架でクロスしています。

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踏切を越えてから右に進み、「東武」の下を抜けると、郵便局があります。

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是を回り込むように、左カーブし、「出口橋」を渡って・・・m8-19-09 G_0597

今度は右に・・・ややこしい道を地図片手に進んでm8-19-10 G_0602行くと、赤い「雲龍寺」の屋根が見えました。ここまで来れば、どこから入るのかな?だけです。

この雲龍寺は「新編武蔵風土記稿」では『禅宗曹洞派 比企郡大塚村大梅寺末 竹澤山と号す 中興僧邦秀 享保七年寂す 本尊拈華釈迦』とあります。「拈華」というのは、花をひねるという事なのですが・・「拈華の釈迦」という仏像の解説を見つけました。『拈華釈迦坐像:仏殿に祀られている釈迦如来坐像は室町時代以降の作と思われますが、「拈華(ねんげ)の釈迦」と呼ばれ、あまり見ることの出来ない珍しい釈迦如来で、その姿は左手に蕾の蓮華を持った珍しい釈迦像です。「拈華の釈迦」とは、「拈華微笑(ねんげみしょう)」という故事に基ずきその様子を表したものとされています。

「拈華微笑」・・・釈迦が霊鷲山(りょうじゅうせん)で弟子たちに仏法を説いているとき黙って金色の蓮の花を捻って見せると摩訶迦葉(まかかしょう)(大迦葉)だけがその意味を悟って微笑したので釈迦は彼だけに仏法の真理を授けたと言う故事。』 「言葉で伝えられない、心を伝える」=「以心伝心」ということらしいのですが、木瓜爺にはよくわかりません。釈迦のなにげない動作に、迦葉がふとほほ笑んだ・・幼子のやることをみていて、知らず知らずほほ笑んでいるのと同じように・・その笑顔がよかったのだ・・それだけのことかもしれません。  ともかく、ここの本尊は、こういう、ハスの花をもったお釈迦様なのだそうです。

m8-19-12 G_0606雲龍寺

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この雲龍寺、写真ではよくわからないのですが、真中の道にm8-19-19 F4872旗竿が2本ありますね。この間を通ると、鳥居があります。それが「熊野神社」で、このあたりの鎮守です。ですから、「雲龍寺」が別當を務めていたのでしょう。m8-19-15 F4863雲龍寺

いきなり、本堂の写真にしてしまいましたが、ガラス戸の中は全くみえません。とにかく、「南無釈迦牟尼仏」でお参りをして・・明日は、境内の地蔵と薬師堂をご紹介します。右おのこと

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