2016/09/25: 奥武蔵・竹沢散歩;木瓜爺撮歩8-20 熊野神社 (No.2816)

熊野神社は、「新編武蔵風土記稿」に『熊野社 村の鎮守なり 雲龍寺持』とだけ書かれています。

m8-20-01 F4877熊野神社

鳥居はコンクリート製。もっと山の上にあるのかと思っていたのですが、鳥居の奥に社殿らしき物が見えました。石段をちょっと上がるだけで到着です。途中に「記念碑」と立て札が見えますね。『郷土史案内 平成二十三年(2011)記述  この記念碑は大正八年(1919)に当熊野神社々殿が改築されたのを記念して設置されたもので、碑の正面には「閲額」(武蔵一の宮氷川神社宮司額賀大直氏)と経過を綴った碑文(撰文社掌根岸学丸氏)を掲げ、裏面にはこの事業に賛画された方々に加え、明治二十三年(1890)宿願の社殿新築がなされた折に尽力された人達をも刻するなど、万事にぬかりが見られず、そしていま……先人達が鎮守の社に掛けた思い・願いを伝えるこんも碑も時を経て百歳を迎えようとしています』と、立て札にあります。

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狛犬が一対。向かって右手に末社があるようです。「竹澤二郎行高」の墓碑はどこかな?

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「阿」のほうが子獅子連れですね。反省!阿吽がハッキリしない写し方になってしまいました。吽の方は口が二つあるように見えます。補助光を下からあてないといけなかった。・・・もうくたびれて、頭が休憩状態になっているのです。

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「熊野神社」の場合、祭神を特定するのはかなり困難です。伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみことしている神社もありますが、これは歴史無視で、明治期での処理でしょう。 とりあえず「熊野大神」ということで参拝。社殿の後部が「覆殿」になっていて、そこに中型の神殿が納められている形ですね。

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末社の方は、分かりやすくなっていました。m8-20-09 F4897m8-20-10 CF4898

 

ただ、「大山神社」というのはちょっと紛らわしい。多分、御祭神は、大山祇命大山祇命は、山の樹木が雨水を涵養することから水源・水利の神)でしょう。通常「山神社」としてしまうのですが・・「天満宮」のほうは「天神様」(菅原道真)ですね。

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m8-20-11 F4904これですね、「竹澤二郎」の墓石と言われる五輪塔。

境内には大きな杉の木があるのですが、写真がうまく写っていません。説明板のほうだけアップしておきます。

熊野神社にもお参りしたし、東武竹沢から電車に乗ろうかと、駅に向かったのですが、途中で電車か来て出て行ってしまいました。こりゃ駄目だとJR竹沢に方向転換。あとで知ったのですが、東武竹沢駅の近くに、もう一つお堂があるようです。

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最後に奇妙な写真を載せました。キリギリスのようですが、竹沢で無賃乗車して、拝島まで話し相手?になってくれました。車外のガラス表面にとまっているのです。すごい風当たりだと思うのですが、ずーっと頑張っていました。竹澤散歩はこれにてひとまず終了です。

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