2016/09/26: 五日市線漫歩;木瓜爺撮歩16-10 武蔵増戸から摩尼山 龍性寺へ (No.2817)

青梅線沿線も五日市線沿線も、何度も歩いたのですが、遠出が辛くなって来た木瓜爺にとっては、なんとなく安心して歩ける範囲でもあります。これからも登場してくるでしょう。今日は、今年の「横沢入」はどうなっているかな? 位の小さな好奇心で動き始めました。「横沢入」というのは、「JR五日市線」の「武蔵増戸」と「武蔵五日市」の中間にある「大悲願寺」の横を入った谷間にある「ボランティア活動による水田」のある場所です。

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もう少し前のことから説明しましょう。1998年頃、ここは住宅開発の対象地でした。農家が稲作を止めてしまったのです。住宅他化すれば、自然の動植物も失われるし、横沢入にある歴史的遺産も破壊されるということから、各種の市民団体が動き始めたのです。この力を結集し多結果、管理団体が生まれて行きます。

ここを管理しているのは「横沢入里山管理市民協議会」という団体ですが、HPを見て見ると、『東京都の西を走るJR五日市線。終点の武藏五日市駅と一つ手前の武蔵増戸駅の間のほぼ真ん中の山側に横沢入はあります。雑木山に囲まれた谷地。棚田と湿地が広がり清冽な湧水が流れる癒し空間です。大規模開発の危機を乗り越え、2006年1月に東京都で第一号の「里山保全地域」に指定されました。』と説明されています。協議会が出来たのは2000年頃です。・・・設立の記事は?ありました・・

「横沢入里山管理市民協議会設立主旨 (1)2000年9月、横沢入は、あきる野市都市計画マスタープランで、「自然とのふれあいゾーンとして位置づけられることになった。 (2)横沢入の自然は長年放置されてきた結果、遷移が進んできた。・水田→湿地→遷移の進行→乾燥化も進んでいる。 ・雑木林→一様に高樹齢化→植生の多様性の喪失、林床植生も変化  ・スギ人工林間伐が行われないままに30~40年生(3)「このままではいけない」ということで、市民団体による手入れも一部行われてきた。  (4)「自然とのふれ合いゾーン」として位置づけられることになったことで、あらためて横沢入の現況について評価を行い、どのように保全管理を行っていくかの目標と方針の確立が必要になっている。 (5)市民団体がバラバラに勝手に動いたのでは、その活動が横沢入の自然環境の保全について逆の結果をもたらすこともある。主たる地権者=JRと市民団体が共通の理解の下で、市民団体が保全管理に一定の役割を果たしていくしくみづくりが、JR(注・2000年当時の地権者)にとっても市民団体にとっても求められている。(6)ついては、横沢入の保全管理を担おうとする団体・個人が協議会をつくり、保全管理にあたってのルールを定めて、JR(注・2000年当時の地権者)との共通の理解を深めながら、保全管理の作業を進めていく必要がある。 (注)横沢入は、2005年3月にJRから東京都に譲渡され、2006年1月から東京都の「里山保全地域」となりました。現在(2007年12月)は、東京都の認める「横沢入里山保全地域緑地保全活動登録団体」として、都の定める管理方針に基づいて保全管理作業を行っています。

ということで、その保全活動の一部が、ボランティアによる「水田耕作」でした。一時、ちょっぴり田舎暮らしの真似をしたいボランティア活動の様な物が流行した時期があり、賑わった(?)のですが、10年以上も経つと、飽きられてしまって、いや、ボランティアが年を取ったということもあって、活動は低迷しているようです。

その他の活動も、2015年には『2015年度ホタル調査がはじまります。6月12日から7月24日までの毎週金曜日(雨天の場合月曜に延期) 午後7時15分拠点施設集合です。』というのがありましたが、2016年は何も書かれていません。「ほったらかし保全」になったのでしょうか?・・・ちと心配になったので、木瓜爺偵察に出かけたわけです。・・ブログ上の到着は明日ですけど・・

武蔵増戸の駅を出ました。誰もいない田舎の無人駅ですが、駅の傍には、いくつか「飲食店」があります。「観光客」が対象なのか、それとも都心に勤めている人が、帰りに寄るのか?とにかく、木瓜爺の住む羽村市の羽村駅付近よりは店の数が多い!

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「観光」というのは、駅前の道標にある「大悲願寺」がメインですが、木瓜爺撮歩で、書いているように、「弁天山」方面へのハイカーなどもおります。「網代温泉はどこだ?」という木瓜爺のブログは結構アクセスがあります。お断りしておきますが、この秋川のほとりの「網代温泉」は休業しています。雑談は、おしまいにして、「大悲願寺」方面に向かいます。1.5kmと書かれm16-10-03MC3_5826ていますが、もっと遠いように感じる道です。m16-10-04MC3_5828

 

 

 

 

「飲食店」が目に付くということは、木瓜爺少し空腹を感じているのでしょう。HbA1c という 糖尿病の監視指標みたいなものが、平成26年10月に6.6だったものが、平成28年1月には7.3まで増えてしまい、m16-10-05MC3_5830食事を制限されたり、インシュリンの働きを強める薬を飲んだり、いろいろやってもさっぱり改善しなかったのです。やっと最近6.8になりましたが、油断をするとすぐ戻ってしまうので、この日も食べたいのを我慢して、まずは歩こう!なのです。五日市線の踏切を渡って、左折し線路沿いに西に向かいます。また食べる店の看板が目に付いています。

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昔、畑だったところに、住宅が並んでいます。畑の方は「生産緑地地区」の指定を受けているようです。これは、サツマイモの葉っぱだなあ・・・戦後間もなくのことですが、父が預かっていた軍需工場の隅っこを借りて、祖母が自分たちのお腹に入れるための作物を作りました。その中にサツマイモがあり、木瓜爺も「つる返し」などを手伝ったものです。「つる返し」というのは、サツマイモを太く大きく実らせるための工程の一つ、今はネット検索で出て来ますね。『サツマイモは、夏(8月上旬~中旬)になると生育が旺盛になり、蔓を伸ばして四方へと広がります。伸びた蔓の節間から根がでて地中へ入ります。この根のことを不定根と言います。やがて不定根は肥大して芋になりますが、収穫できるほどの大きさの芋にはなりません。しかし、不定根を放っておくと、蔓が成長して芋の数が多くなり、芋の肥大のために養分を多く吸収しようm16-10-07MC3_5834とします。それによって、葉は過剰に茂り、芋が大きくならない蔓ボケの原因になります。そこで、蔓が四方へと伸びて茂ってきた頃、蔓を浮かせて不定根を切ります。これを「つる返し」と言います。「つる返し」を定期的に行うことは、芋を太らせるための大事な作業の一つです。』と、説明されていました。  華も咲いていました。これは時々見かけるようになった花ですが、名前は存じません・・いや、忘れました・・m16-10-08MC3_5835まだ住宅を作っている場所もあります。不思議な事に、新築住宅は売れるのですね。そして古い家は空き屋になる。単純に家屋数を調べると、もう十分需要を満たしているような気もするのですが、それでも、ちっぽけな住宅の新築が止まらないのが何とも不思議です。m16-10-09MC3_5836

線路沿いの道、きょろきょろしながら進んで居ます。この道とほぼ並行に、右手の方に新道が出来て居ます。その道が、少しずつ線路に近づいてきて、踏切になる。確かこちらの道は下り道になって・・などと、思い出しながら・・・やっと「彼岸花」を見つけました。実は、出かける時に、巾着田の彼岸花を見に行こうかとも思ったのでm16-10-10MC3_5838す。でも電車の接続が悪い時間になったしまたので、そうだ「大悲願寺」や「広徳寺」の近くにも彼岸花の咲く場所があったなあ・・で、こちらに決めたのでした。結論を書いてしまいますと、「大悲願寺」傍の線路の土手に咲く彼岸花は消えてしまっていました。「広徳寺」手前の方は、くたびれて見に行けませんでした。

 ここの彼岸花は、だいぶ前に咲いたようで、花粉がなくなっていました。ガッカリです。m16-10-11MC3_5839

 

右手にピンクの家が並んでいます。新道沿いに作られた家でしょうが、ピンクの家などというのは、木瓜爺の世代では考えられなかったですね。不思議な風景に見えます。線路の方は、電車が走ってきました。この五日市線、今日は空いている時間だったので、拝島から座ってきましたが、ちょっと混んでいる時間に乗って、席を譲って貰った記憶がありません。サラリーマンだろうが、高校生だろうが、全員無視。年寄りには厳しい電車になっています。(それだけ木瓜爺は若く見えるのだ・・なんて、誤解してはいけません。年寄りは途中まで立ちっぱなしを、覚悟して乗る電車です。高校生が降りると空きます。)

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右手の新道が30m程の所まで、近づいてきました。山の方に行く道も見えますね。あれを上がって行くと、神社があったのだったか・・いや、教会とカソリックの墓地があったのか・・・

2011年9月に、Choi-Boke爺ちゃんが、この新道の方を歩いています。まだ、道路工事が完了していなかった頃です。

多分、このブログ・・・9月17日:木瓜爺撮歩16-8 北鄕神社から摩尼山龍性寺へ

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踏切がありました。大悲願寺直進の道標が立っています。直進の道路は下り坂になっています。記憶は正しかった。坂を下って行くと、「摩尼山 龍性寺」の標識がありました。右に入れです。

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