2016/09/30: 五日市線漫歩;木瓜爺撮歩16-14 金色山 吉祥院 大悲願寺 (No.2821)

いきなり、「新編武蔵風土記稿」で申し訳ないと思うのですが、この「大悲願寺」は4,5回書いてしまっていまして、新味が出せないのです。一番詳しく書いたのは、Choi-Boke爺ちゃんのブロク 2011/9/18 「金色山 大悲願寺」でしょう。

9月18日:木瓜爺撮歩16-9 金色山大悲願寺

「新編武蔵風土記稿」では、『(横澤村)大悲願寺 村の東南の方にあり 金色山吉祥院と号す 新義真言宗 京都醍醐三宝院の末なり 開山澄秀僧正 建久二年當寺を創し 貞応元年十二月八日寂せり 開基は右大将頼朝なりといへと たしかなる證述はなし されと貞治の頃 平氏重か書写しておさめし大般若あるをもて ふるき寺なることしるへし 又天正十八年の禁制の文に吉祥院とあり 又明くる十九年 寺領二十石の御朱印を賜う その文にも 寄進す吉祥院武蔵国多西郡秋留鄕横澤之内二十石云々とあり 是によれは昔は院号を以行はれしことと見えたり 今は寺号て通称となせり 天正十八年太閤秀吉より出す制札を・・(以下省略)』

その他寺宝や構造物について記述されていますので。後ほど順にお目に掛けましょう。m16-14-01MC3_5987木瓜爺は今回、裏山から観音堂の後ろに下って来ました。下ったところに、無縁仏の塔が出来て居ます。

「大悲願寺」には三つの門がありますが、観音堂の前の門が正門扱いになります。「新編武蔵風土記稿」にも「表門」「中門」「楼門」の三つが書かれています。この「楼門」が観音堂の前の門です。『楼門 五間に二間 金色山の三字を偏す 仁王の木像長八尺許なるを左右に置し 上に一切経を蔵め 傳大士普成普建の木像を置き 後背に弘法大師の木像を安す』 この「傳大士(ふだいじ)」「普成」「普建」は中国の方で、「一切経」を納める六角の回転式経蔵を工夫された親子のようです。m16-14-15MC3_6015

この山門で面白いのは、六地蔵の配置です。実際は八地蔵になってしまうのですが、外側に置かれて居ます。こんな具合なのです。

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この楼門をくぐると、正面に観音堂で、ちょっと左に満願供養のお堂があります。

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この「観音堂」については、『観音堂 本堂の西にあり 六間四方 千手観音の立像 長五尺許なるを安置す 行基菩薩の作といへり 是余同し観音の画像一幅 聖徳太子の書にしてかけをけり』と書かれています。m16-14-04MC3_5994

観音堂の額「無畏閣(むいかく)」。そそっかしいブロガーもおられるものだと、驚いた例を挙げておきましょう。この観音堂には「大日如来」がおられると書かれているのです。どうも、「大悲願寺」の本尊が「大日如来」なので、「観音堂」と「本堂」をごちゃまぜにしてしまったらしい・・・

m16-14-05MC3_5992「観音堂」の欄間の彫刻は面白いです。これは何の場面なのかなあ? と、仏話を思い出して一回り。残念ながら、さっぱり分かりません。佛話のほうをもう少し勉強しないと・・・m16-14-06MC3_5997

観音堂と本堂の間に、鐘楼があります。『鐘楼 九尺に一丈二尺 鐘の長四尺圓径二尺五寸 銘文あり左の如し』ということで、『金色峰鐘銘 ・・』漢字がずらーと書かれています。m16-14-07MC3_5999

現在の鐘楼は、正方形なので、当時とは少し違うようです。そして、本堂なのですが・・・

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今回は萩を愛でている弘法大師ということにします。m16-14-09MC3_6003

 

この額のあるところが「本堂」でして、ここに「大日如来」がおられるわけです。m16-14-10MC3_6004

本堂の正面に「中門」がありますが、普段は閉まっています。『中門 本堂の前にあり 両柱の間二間 吉祥院の三字を偏せり 共に當寺の住僧如環が筆なり』楼門の方の金色山と同じ筆だということです。

本堂については、東京都の指定有形文化財になっています。元禄八年製だとかかれています。

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m16-14-12MC3_6009伊達政宗の関する伝説は、冒頭にリンクしたブログで紹介しています。

伝説の真偽は分かりませんが、ここに書かれた伊達政宗の白萩文書は、「新編武蔵風土記稿」でも「寺宝」に続いて『伊達政宗書翰一通』と記録されています。政治的なものではないので、内容までは記録しなかったようです。

「白萩」自体は、中門と本堂の間を埋め尽くしているのですが、ちょっと木瓜爺の到着が遅れたようで?かなり地面に散っていました。  そうだ、彼岸花が咲いている線路際を見に来たのだった・・思い出して、出発します。

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m16-14-14MC3_6012「大悲願寺」の前を五日市駅の方に進みます。駐車場の脇には少し咲いていたのですが、やはり、花粉が飛んでしまった爺花(?)。

線路を越えて、期待の場所に行ったのですが、まるで咲いていません。m16-14-18MC3_6021

 

どうも、斜面の草を刈り取ってしまったらしい。やれやれ・・道の左側の斜面を見下ろすと、多少残っているようでしたが。広徳寺まで回るのは、ちょっと時間的に無理なようなので、あきらめて帰途につきます。

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九月も今日でおしまい。 今年は日照時間の少ない九月でした。お天道様が出ないと、木瓜爺の撮歩エンジンが回り出さないので困ります。明日は雑談を一つ挟みますが、そのあと2,3日は、裏高尾の「小仏街道」を歩きます。

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