2016/10/13: 大山詣り;木瓜爺撮歩99-38 龍神社と根之元神社 (No,2832)

m99-38-01 F5009「大山」と「坂本村」の境界がよくわからない木瓜爺ですが、「誓正山」が「坂本村」の寺であるならば、まだ坂本村に居ることになります。この大野屋さんは、きゃらぶきの佃煮(?)などを売る老舗の一つ。毎回何か買っているような気がします。ただ、だんだん固いものが食べられなくなっているので、帰りによって柔らかそうなものを探しましょう。

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ややっ? なんだまだ半分しか歩いていないぞ、何ぼ何でも遅すぎる・・すでに、10:46です。バスを降りたのが、10:05でしたから、これでは、15分で行けるところを1時間以上かかることになりそうです。寄り道をほどほどにして、前に進め! 道の様子が少し変わりました。店列が切れたのです。

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m99-38-04 F5019大山詣りは、全国から人が来ましたから、宿坊や御師の家が沢山あったでしょう。そういうものが、料理屋さんに変わっているのではないかな?と、思わせる位置に看板が出て来ます。また、講中が建てたらしい記念碑が並んでいる場所もあります。中には専用建物を持っている講中もあるらしく、門柱が講の名前になっていてビックリしました。下の写真などは、宿坊だった所でしょうね。m99-38-05 F5020

ちょっと「新編相模国風土記稿」の「大山」の冒頭を紹介しましょう。原文ではなく、現代文に翻訳してみます(木瓜爺の力では無理かもしれませんが、ものは試しです)。『大山: 雨降山と呼ぶが、阿部利山(あぶりやま)とか大福山、如意山などの名もある。當国の諸山の中で最も高い峰なので大山ということになった。江戸から18里あまり。登り凡そ3里。山の裾は大住郡、愛甲郡の山々に続いている。山麓から坂本村の地を22町を登ると、「前不動堂」に至る。ここから、左右の二筋の山道に分かれる。右を「男坂」左を「女坂」という。「男坂」を登ること18町に「不動堂」がある。堂の前にある楼門の下、右に進むと日向越(つまり、日向薬師の方に行く道ですが、現在はその手前の見晴らし台への道)、堂の左方の道を簑毛越(この地名は地図にあります)という。頂上に登る道は堂の背後左側にあって・・(以下後日に)』

この言葉と現在の地図を見比べますと、かなり相違しています。現在の道で「日向越」「簑毛越」の分岐は「阿夫利神社下社」の直ぐ下なのです。つまり「阿夫利神社下社」の位置に「不動堂」があれば一致するということです。道路付けが変わったのか、大火のあと伽藍の位置が変わったのか、よく分かりません。なお、「町」の文字は、木瓜爺が教わった頃には、略された「丁」だったのではないかと思います。60間で、メートル法では109m。

明日のブログで、境内地図が出てきますが、これは、ホームページにあった絵図です。参道のどこかで見かけていれば、もっとよく分かったと思います。「前不動堂」もありましたが、ケーブルの「大山寺駅」からだ通らないのです。全部歩いて登れば、「前不動堂」から参拝できるのでした。

m99-38-06 F5023おやおや、又、店の中の通り抜けが復活しました。「大山こま」の札が出ていますね。これでこそ「こま参道」です。m99-38-07 F5026 232

足元のこまカウンターは、「232」ということだな・・暫くして、道が突き当たりなり左折することになったのですが、角の右手の茶店の入口に、小社を見つけました。

m99-38-08 F5029 滝神

m99-38-09 F5030木瓜爺悲鳴を上げます。「こんな字ないよー」。雨冠に龍でしょ、「龗(レイ)」こういう字はあるのです。分からないので雨冠を省略して「龍神」にしてしまいました。

祭神は「水の神様」だそうですから、龍でもいいや・・・実は、「阿夫利神社下社」では、「高龗神」と書かれていました。レイの字で正しかったのです。

「新編相模国風土記稿」を見ますと、坂本村に『飛瀧権現社』というのがあります。『師職武榮太夫持』としか書かれていません。師職というのは、多分「御師(おし)」の事だと思います。

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何となく、ケーブル駅が近づいてきた感じです。頑張って石段を上がります。

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やれやれ、まだかねえ? 前を歩いて居られる方も、しんどそう(関西弁が混じってしまいました)・・・「疲れたねえ」ではなくて、「しんどいねえ」・・標準語にすると「身体がだるい」に近いのかな、東京の田舎だと「かったるい」・・似ているけど、ちょっとニュアンスが違うみたいです。

m99-38-12 F5039到着しました。右手奥が「ケーブル駅」です。止まっていますね。まもなく発車かな? 切符を買わないといけないのに・・ちょっと待て! が懸かりました。

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あとでゆっくり読むから・・

m99-38-14 F5236根の元神社「根之元神社」と呼ぶようです。「新編相模国風土記稿」では、名前が少し違っています。坂本村にあるのは。『根之神社 坂本町の鎮守』です。ひょっとすると、「根之神社」の元宮が、此所なので「根之元神社」なのかもしれません。「根之神社」自体も、足腰守護の「子の権現」じゃないかと思ったのですが、由来を読むと関係なさそうです。祭神の「イワサクノカミ」というのは、「石折神」などと書きますが、伊弉諾命が、伊弉冉命から生まれた火之神カグツチの首をはねたとき、劔から生まれた神様、「ネサクカミ」。「イワツツノオノカミ」もその時誕生していますから、兄弟ですね。何故カクツチが切られたかというと、火之神を生んだ伊弉冉命が、火傷で死んでしまったからです。「古事記」に書かれたお話です。「岩」「石」など、山に関係した神様名が並んでいます。

とにかく切符を買います・・・そこが大事な話になるのだった・・・

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