2016/10/20: 高尾山付近;木瓜爺撮歩09-10 水路トンネル後ろの神明社 (No.2839)

10/02に書いた「02- 高尾山付近・小仏街道散歩;木瓜爺撮歩09-06 中央線脇の地蔵と水路のトンネル (No.2823)」 で、寄り忘れた「神明神社」に行って来ましたので、まずその紹介をして、明日からは「小仏街道」中程の撮歩を書きたいと思っています。m09-10-01 F3596

高尾駅から西に進んだ、甲州街道の「両界橋」の左側です。このコンクリとの橋桁に隠れて、レンガ積みのトンネルがあります。元々あった水路の上に甲武鉄道の線路を引くために、作られたものだったのですが、現在では水路が狭くなり、人道に変わって居ます。m09-10-02 F3597

 

このトンネルを抜けると、左右に家があり、小径は真っ直ぐ伸びて、川の方に行っています。神明社は左側の家の前を通過した所にあります。m09-10-03 F3598

 

 

こんな所に神社があるのもちょっと不思議な気もしますが、神様は、線路が出来る以前からお住まいになっているのでしょう。

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荒れた石段だけ見ていると分からないのですが、ちょっと右に目をずらすと、社殿らしくない社殿が見えました。多分あれが神社でしょう。石段を上がります。右折して、また石段を上がると到着です。ここまで来ると、ちょっと神社に見えて来ます。m09-10-06 F3605

この神社、「新編武蔵風土記稿」に書かれた神社かどうかよく分かりません。というのは、まず、ここの字が分からないのです。「上椚田村 川原の宿」に入るのか「上長房村」になるのか? 甲州街道の向こう側にあった「金南寺」は「上長房村 古名字(こなし)」なのですが、京王線高尾駅の南にある「大光寺」は、「上椚田村の初沢」です。この間に「上椚田村 川原の宿」というのが入り込んでいるらしい。この川原は浅川の川原という意味のようです。

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この社殿は、「覆殿」でした。中には、中型の社殿と祭り用の道具などがおかれていました。神明社ですから、「天照大神」が主祭神であると考えて良いでしょう。「伊勢神宮の内宮」が総本社に当たります。ただ、農村などでは、大物主命とか倉稲魂大神(稲荷神社)など台地の恵みの神様を合祀していることがあります。

m09-10-09 F3613

こちらで気になったのは、この神額の形です。木瓜爺には恵比寿様の抱えている鯛に見えてしまいました。

木立の間から線路も見えて居ます。列車の通るのを待とうかとも思ったのですが・・・

ということで、確かに「神明社」がありました、と確認したことを報告して、今日は終了です。

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