2016/10/21: 高尾山付近・小仏街道散歩;木瓜爺撮歩09-11 (摺差)小山神社 (N.2840)

10/6のことです。館町の浄泉寺にお参りしたあと、小仏街道の続きを歩いてこようと思い立ちました。バスが高尾南口に着いた時間が、北口から出る「小仏行き」バスのm09-11-01 F3410発車時刻に近かったので、入場券で駅を通り抜けします。スイカという便利な道具は、入場券代わりにはならないらしいので、切符を買いました。時刻は13:03 バスは13:12だと記憶していました。慌てなくても良いのに、トイレに寄って行くのを忘れて、バスに乗ってしまいました。こりゃ、降りてから苦労するかも知れないな・・トイレのありそうな停留所で降りるには、どこだろう? 高尾山の登山口のある「蛇滝口」あたりなら、あるかも知れない。本当は、もう一つ先まで行きたいのですが、「蛇滝口下車」に決めました。

m09-11-02 F3412 蛇滝口

「蛇滝口」で降りると、頭の上に、中央高速の分岐点があります。これは、館町のほうに出て行く路かな? トイレはないな・・もう少し登山道入口の方かな? 進行方向に進みます。m09-11-04 F3414高速道路の真下に来たときに、公園広場がありました。m09-11-03 F3413高尾梅林

 

「高尾梅の鄕まちの広場」・・ややこしい名前ですが、ここは「高尾梅林」と呼ばれて居た場所です。昔は、こんな形ではなかったのですが、綺麗に整備されて、トイレも出来て居ました。一安心です。「高尾梅林」は規模は小さいです。小仏の川沿いに、梅がぱらぱら植わっている程度で、咲くのはよそよりちょっと遅めでしm09-11-05 F3416た。靑梅の梅林がウイルスにやられて全滅したので、来春はここに来よう・・・「高尾梅林」の石碑も置かれていました。梅の木はまばらでしょ? どちらかと云えば、子供連れの遊び場ですね。

トイレも済ませたので、バスの一駅分西に歩きます。「小山明神」に行きたいのです。

m09-11-06 F3419 蛇滝登山口

 

ここが、高尾山の蛇滝口、正門?的な入口です。「蛇滝水行道場入口」なんて物々しい看板が立っています。此所を左に入って行くのでした。バス停の付近から川沿いに行く細道もあったような気がします。今回は入らずに直進。なお、余談ですが、先日書店に寄ったとき、ハイキング関係の本・雑誌が置かれた場所で、高尾山のコースが證述されたものが並んでいました。山ガール用らしいのですが、その中に「蛇滝コース」は記述されていません。楽しくないからでしょうが、逆にいうと「穴場」コース、静かに急坂にチャレンジ出来るコースということです。いわば、現代「男坂」です。m09-11-07 F3423

 

見えて来たのは「中央道」です。大昔の甲州街道の上空を最新の甲州街道が通っているわけですね。「峰尾豆腐店」を通過して、振り返って写しています。店は写真の左側に隠れてしまいました。帰りにちゃんと写しましょう。この日は「定休日」でした。

m09-11-08 F3431

このあたりから、「摺差(するさし)」という字の集落に入っています。ここに、「常林寺」という曹洞宗の寺と、「小山神社」があります。「常林寺」はすぐ目に付きました。あの坂の上でしょう。後でよります。m09-11-09 F3432常林寺

 

 

「小山神社」というのは、ちょっと奥の方にあって、すぐ後ろが中央線線路の筈です。見つかるかどうか? 通り過ぎてしまったなどと書かれたブログもあるくらいです。m09-11-10 F3434これは何だ? 何だか知らないけど、この辺で右折してみよう・・m09-11-11 F3435 小山神社

ほらね、あそこだ。こういうカンはだいぶ良くなったようです。といっても日によるばらつきが大きいのですが・・

 

「小山神社」という名前は、あまり聞かない名前ですが、「新編武蔵風土記稿」にも収録された古い神社なのです。『小山明神社 除地一段六畝十三歩 摺差の内 北の方 山の半腹にあり 前に石階十四級あり 社地に樫の大木三本あり いつれも二囲はかり 小社にて覆屋あり 二間半に三間 社前に木の鳥居をたてm09-11-12 F3436り 南向 神体は古き槍の穂なり 右に図せり 祭神及び鎮座の年歴を伝えず 村の鎮守なり 古は峯尾明神と号せしと云 今摺差の民三十二戸はみな峯尾を氏とするも其の因なるへし』 この文章から考えると、昔はもう少し高い位置にあったようです。鉄道建設で、下って来たのでしょう。なお、現在でもここは殆ど「峰尾」の名字、豆腐屋さんも峰尾姓でした。
この神社は、「多摩の神社準備室」で詳しく調べておられましたので、あとで補足させていただきましょう。鳥居の額には「小山神社」と書かれています。あら、ちょっと欠けました。m09-11-13 F3439

 

m09-11-14 F3440今も「覆殿」で、小社がなかにあります。

では、「多摩の神社 準備室」の調査です。

『小山神社  鎮座地 裏高尾町1194
祭神 大物主命(おおものぬしのみこと)
旧格式 無格社 別当寺 村民持ち
例大祭 8月第4日曜
解説:摺差地区の人々によって祀られた祠。
応永18年(1411)鎌倉公方、足利持氏が下野国の小山隆政を滅ぼした際に隆政の子孫が当地に住みついたという。その後小山家家臣の峯尾氏によって祀られたため、かつては峯尾明神社といった。当時の神体は槍の穂先であったと「新編武蔵国風土記稿」に図解されている。明和5年(1768)峯尾平右衛門が小山明神社と社名を改めた。』

江戸期に分からなかった祭神は、明治に「大物主命」としたようです。この槍の穂は、十文字槍と云うのでしょうか、左右に鎌の刃のようなものが付いています。m09-11-16 F3448

 

m09-11-15 F3444 山當神列車が通過しました。境内には、小さな祠も置かれています。これが、よく分からない・・石碑に文字が彫られているのですが、「山*神」の三文字。*の部分が解読出来ないでいます。尊の崩し字のような形なのですが・・山で始まる三文字・・山王神でしょうかねえ?

というところで、「常林寺」に戻りましょう。

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