2016/10/23: 高尾山付近小仏街道;木瓜爺撮歩09-13 裏高尾・若宮八幡 (No.2842)

m09-13-01 F3481常林寺から、朝バスを降りた「蛇滝口」のほうに戻って来ました。その前に豆腐屋さんの写真だったね。看板は駐車場の方にあって、店は道路を挟んで向こう側にあります。山の帰りにタンパク質の補充をして行く人もいますが、木曜日は定休日でした。m09-13-02 F3484

路の右側に川が流れています。この川は此の附近で最も路に近づきますが、ICの下では一旦離れ、荒井の集落に入るとまた直ぐ側を流れるようになります。この辺の街は、現在は「裏高尾町」と呼ばれます。m09-13-04 F3491蛇滝口バス停

「蛇滝口」バス停まで戻りました。このちょっと東に・・・m09-13-05 F3492水場水場です。生活用水にも使われるのでしょう。豊富な水量でした。そこから4分。ちょっと左に入った所に「若宮八幡」と呼ばれる神社があります。「若宮」と付くのは、本来の神様の子供を祀った神社なのですが、八幡様(応神天皇」の子供って誰だっけ?「仁徳天皇」でですね。m09-13-06 F3496 新井・若宮八幡

境内に立つ「南無阿弥陀仏」の石碑は、ここも神仏一緒におられた場所であることを暗示しています。「新編武蔵風土記稿」を見て見ます。『八幡社 除地一畝二十歩 上新井にあり 小社なり 千人組峰尾軍次郎持』 千人組というのは、八王子のm09-13-07 F3498千人同心でしょうか? 此の当時は、普通の八幡様だったようです。ということは、「誉田別命(ほんだわけのみこと)」が主祭神です。この「誉田別命(ほんだわけのみこと)」が「応神天皇」云われ、「若宮」ということで「仁徳天皇」になってくるのですが、江戸期の「八幡社」は「やはたの神」若しくは「八幡大菩薩」だったのかも知れません。鳥居の神額には「若宮八幡」と彫られています。ただ、神殿らしい神殿はありません。「祠」レベルのものがいくつかならんでいるだけです。どれが「応神天皇」でどれが「仁徳天皇」やら・・・ (追記:Choi-Boke爺ちゃんが、八幡様の祭神には「神功皇后」も祀られることがあり、それを基準に考えると、息子の「応神天皇」が「若宮」になる可能性があるよと、つぶやいております)。
「新井」には、「第六天」が二社ありました。それも、集められているような気がします。

m09-13-08 F3501

m09-13-11 F3519ちょっと腰を下ろして一休みしたい場所ですが、そろそろ14:20。もう一つの神社「高尾天満宮」を見つけなければなりません。

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