2016/10/25: 榎峠越え;木瓜爺撮歩36-08 軍畑の不動様 (No.2844)

撮歩36で、澤井から軍畑まで歩いた木瓜爺、その続きを歩く事にしました。今回はJR青梅線「軍畑(いくさばた)」駅前から始めます。m36-08-01 F3629

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この地図で、軍畑駅から、上に(北方)に伸びている道を進み、「榎峠」を越えて、靑梅の「北小曽木」に行こうと思うのです。この道は、Choi-Boke爺ちゃんの時代に、途中まで歩いています。ですから、前半は次のブログと重なります。

4月6日:木瓜爺撮歩36-1 軍畑から榎峠へ (No.1185)

4月7日:木瓜爺撮歩36-2 白岩地蔵尊と竜鐘山大泉院

途中左上に分岐する道は、「髙水山」に登る道です。「高源寺」というお寺がありますが、この「平溝」(地名です)あたりのことは、Choi-Boke爺ちゃんのブロクの「靑梅フォトウォーク」に登場しています。

5月7日:青梅フォトウォーク第10回-4 高源寺、天之社、道の仏

つまり、Choi-Boke爺ちゃんが歩き回った場所なのですが、木瓜爺になってからは、足がm36-08-02 F3630届かない?状態でした。先日、靑梅側の方を歩いたとき、北小曽木バス停で、「そうだ、軍畑から榎峠を越えて、北小曽木まで歩けば二万歩だな」と気付いたのです。

今日も、軍畑駅には、山歩きのグループらしい方が、待ち合わせをしています。最近気になるのは、一時間に二便くらいしか無い田舎の駅で、ぴたっと集合しないグループが結構多いということです。あんな状態では、きちんと計画した山登りは不可能でしょうね。今回気が付いたことがもう一つありました。軍畑といえば、髙水三山という固定観念に囚われていた木瓜爺ですが、ここには、もう一つ「靑梅丘陵トレッキング」があったのです。これから木瓜爺m36-08-03 F3632が行こうとしている「榎峠」から「雷電山」に登り、丘陵を縦走して靑梅の鉄道公園の方まで、半ば遊歩道に近づいた道があります。此所を歩く「山ガール」「山姥(失礼!)」の小グループが、増加したようです。

ぶつぶつ云っていないで、歩きましょう。駅の東側の踏切をわたります。この軍畑から、平溝に行く道は、どの時期にあるm36-08-00 F3633いても、花があります。住んでおられる方々が、庭や道端に多くの種類の草花を栽培されているのです。この時期は、やはりコスモスが多い様でした。駅は高台にあるので、坂道を下って行きます。m36-08-04 F3636

 

 

 

 

 

向こうに見えている頭の平らな山は、多分「雷電山」でしょう。標高494m。靑梅丘陵では一番高い場所です。ここから「辛垣城址」を経由して「三方山(454m)」の下りあたりまで、の3km位は、山路ですが、其の先「矢倉台」まで行きますと「靑梅丘陵ハイキングコース」という、整備された遊歩道に近い道になります。このコース、疲れたら線路に近い方に下るという、エスケープ・ルートが多いので気楽に歩ける道なのです。

m36-08-05 F3638

これは二俣尾から来る道ですね。古い道らしく一度歩こうと思っているのですが、まだ歩いていません。「新編武蔵風土記稿」では、このあたりが何村なのかよく分からないでいます。「澤井村」と「二俣尾村」の境界がこのあたりではないかと思うのですが・・「軍畑」も「平溝」も澤井村の小名ですが、「平溝」は『二俣尾村と当村(澤井村)との接地にあり』と書かれています。なお調べると、二俣尾村にも小名「平溝」の記述があるのです。『平溝 西の方にて澤井村の境にあり』・・・つまり「平溝」という古い集落(多分地形から来た名前でしょう)は、二つの村に分割されていたようです。現在は「平溝」は「二俣尾5丁目」に入っています。 ここに、いくつか石碑が立っています。左の大きいのは「髙水山入口」の碑、右は「更新塔」です。m36-08-06 F3641庚申塔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

m36-08-07 F3644「平溝川」はミニ渓谷でして、切り取るとミニアチュア滝が出現したりします。勾配は結構あるのです。「滝」といえば不動尊です。もうすぐお目にかかれます。m36-08-08 F3646

 

 

 

おかしな看板にビックリ。こんな所に「国立」の「美術館」が有るわけ無い! こういうのは、許されるのですかねえ?これは、「私立」の何と云いますか・・木瓜爺のような頭の固い人間には説明が難しい・・イベント集団とでも云いましょうか、へんなおっさん達(本人達がそう書いていました)のチーム名みたいな物です。「国立奥多摩美術館」で検索すれば出て来ますが、多分木瓜爺同様に理解するのに時間がかかるでしょう。

m36-08-09 F3649

やっとお目にかかれました。「新編武蔵風土記稿」には登場しません。明治期以降のものでしょうか?火焔などもきちんと彫られていますし、此の附近で廃寺になった真言宗のお寺などにあった物かもしれません。この不動様は、専用のお堂に居られますが、隣の地蔵堂はいろいろ並んでいます。今回は、何故かここの写真だけ手ぶれ気味で恥ずかしい・・・m36-08-11 F3651

 

左が庚申塔、真ん中に「地蔵菩薩」右端に「丸石」です。この庚申塔をきちんと写したつもりでしたが、ISOの設定をミスったようです。m36-08-10 F3652

 

 

 

青面金剛だろうと思いますが輪郭がきちんと写っていません。下の方に「三猿」がいるようです。近いうちにもう一度出かけて撮り直してきます。軍畑には「鎧塚」と呼ばれる場所があり、前に写した筈なのですが見つからないので、もう一度行くつもりでしたから、撮し損ねをまとめてまわります。

髙水山登山道の分岐は、目の前です。今回は右の道を榎峠に行くのですが、髙水道の方に「慶徳寺」というお寺があるそうです。すぐ近くらしいので、探してみようと思っています。明日は、そこに行きます。m36-08-12 F3656

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