2016/10/26: 榎峠越え;木瓜爺撮歩36-09 永昌山慶徳寺 (No.2845)

「慶徳寺」のことは、インターネット上では住所と、春には桜が見事なこと位しか出てm36-09-01 F3658来ません。そういう意味では、此のブログは貴重な情報になりそうですよ。髙水山に行く道を少し入ったところで、右上にこの建物が見えます。これが「慶徳寺」なのです。

曹洞宗寺院。住所:靑梅市二俣尾5-1552ですね。

このお寺は「新編武蔵風土記稿」にも収録されています。『二俣尾村 慶徳寺 除地六畝十五歩 高源寺ノ並ニアリ 永昌山ト号ス 是モ本寺同前客殿五間半ニ三間半 南向 本尊釈迦ノ坐像ニテ 長一尺五寸 開山前寺ニ同シ』 この前寺というのは、「天徳山 高源寺」のことで、『開山ヲ家山東傳トイフ』と書かれています。宗派については個々には書かれていないのですが、禅宗曹洞派(現在の曹洞宗)「瑞龍山 海禅寺」の続きに書かれているので、当時も同じ曹洞派と考えられます。

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この橋を渡ります。現在は、「高源寺」からかなり離れていますが、間に家がなければ、「高源寺の並び」なのかも知れませんねえ・・橋を渡ると、石碑や地蔵様が並びます。m36-09-03 F3660「三界萬霊供養」碑。

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これは何でしょうね?「発起人」の名前は下に彫られているのですが・・m36-09-04-2 F3677

 

やはり、三界萬霊の供養碑でしょうかね。石の上の方をアップして見ましたが、人面に見える場所もあったりするようです。m36-09-05 F3662

 

石の洞穴にはお地蔵様が居られます。そして、単独の地蔵様に続いて「石塔」と「六地蔵」と続きます。m36-09-06 F3663

本堂はどうなっていますか?シャッターが降りていますが、名札は掛かっていました。

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ということは、お釈迦様は居られるのでしょう。「南無釈迦牟尼仏」で合掌一礼。m36-09-09 F3668

 

本堂の裏の方から墓地が広がり始めているようです。後ろの山も墓地用地でしょう。前庭は、落ち着きませんね。引越の片付けが未完了というよな感じです。m36-09-10 F3671

ではこんな所で失礼します。地蔵堂のところで、石塔を確かめました。

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散在していたものをここに集めたようです。左端は一字一石の法華経塚と書かれていま すね、右端は、開山とか開基の方の供養碑によくある形です。元の道に戻って、分起点まで戻ります。m36-09-12 F3680川沿いに建てられた工場ののような建物、建築材料というか古材置き場のように見えています。もう廃屋なのかなあと思ったのですが、交差点で左折し、榎峠に行く道のほうからみましたら、どっこい生きている・・m36-09-13 F3681失礼しました。

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