2016/10/29: 北小曽木漫歩;木瓜爺撮歩36-12 佐藤塚 (No.2848)

「散歩」と「漫歩」とややこしい使い分けをしていますが、あまり気にしないで下さm36-12-01 F3731白岩中の橋い。気分的には「漫歩」は細かい物?に目が付くようなスローペースの歩みをしたときに使っています。このスローペースというのは、歩速というよりも、心理的なゆったりを意味して居るようです。

「大泉院」を出て、歩きはじめましたが、ここから暫く、川に沿った道で、その川が曲がりくねっているものですから、何度も橋を渡ります。最初は「白岩中之橋」でした。m36-12-02 F3732橋の所から「白岩」の集落を見ています。バックの山は「髙水山」です。

白岩からの登山道は、登山地図にはありませんが、地形的に見ると、どうも澤沿いに登って行く道のようです。濡れた道に弱い木瓜爺には、無理な道らしい。滑ったときに体重移動が下手なので、怖い思いをしてしまいます。前方の山が面白いですね。m36-12-04 F3734

あの山を抜けて行くトンネルが「松の木トンネル」です。上は「松の木峠」ですね。

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m36-12-07 F5277「白岩下之橋」があって、「梨ヶ谷橋」。もうすぐ分岐点です。あそこに何かあったかな?m36-12-08 F5278

左の写真、松の木の根元に、お墓のような物がありますね。m36-12-09 F5279

「佐藤塚」と呼ばれるものです。実は「新編武蔵風土記稿」にも「墳墓」として掲載されています。

m36-12-10 F5280佐藤塚説明板には、「武蔵名勝図絵」が引用されています。前に上成木の石灰のことを書いた時に、後北条の生き残り家臣達が、移り住んで石灰を掘ったことを書きましたが、その仲間の一人「佐藤助十郎」の塚だと書かれています。「新編武蔵風土記稿」には、『佐藤塚 松木峠の麓にて往還の傍にあり 天正年中 北条氏照が家臣 佐藤助十郎と云うもの此地に来り住し 上成木村にすめる木崎某 川口某 等三人とはかりて始て石灰を製せしよし この家も今はたえてなし』と、書かれていました。

m36-12-11 F5283 松の木トンネルにつながる道は「松の木通り」だそうです。木瓜爺はトンネルではない方の道を行きます。m36-12-12 F5284

少し下る道になっているようですね。m36-12-13 F5286

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S字に流れる川を、串刺しするように道が付けられているので、「夕倉」だけでも三橋あります。

ちょっと谷底を覗いてみて、めまいがしたら、後は明日書きます。

 

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