2016/11/01: 北小曽木漫歩;木瓜爺撮歩36-15 赤仁田・神明神社と愛宕神社 (No.2851)

「正澤寺」を出て、成木8丁目の自治会館というか、意識的には「北小曽木」バス停に戻ってきた木瓜爺です。時刻は11:27です。m36-15-01 F5348

何はともあれ、あそこで用をすませて・・・10月一杯のブログ種は出来たようなので、帰宅しても良いのですが、成木の「新福寺」の湧水確認をまだしていないなあ・・m36-15-00 F5349どうしようかな・・バス時刻をみました。ここは、見方が難しい。ウというのは、靑梅の裏宿行きです。カというのは上成木行きです。方向が全く違うのです。この北小曽木というのはバス路線としては袋小路になっていまして、靑梅から上成木に行くバスが、袋小路に入ってきて、ここでUターンして出て行き、上成木に向かいます。上成木から靑梅に戻るバスも同じように袋に入ってきて、ここでUターンし、出て行くのです。それにしても、この本数ですからね。帰るなら「ウ」です。11:45に乗るとすれば、あと15分ほどでやってきます。しかし、先ほど「正澤寺」の境内で、「蜆澤に行くまでに、赤仁田に神明神社がありますよ。上の方にあるから見落とさないように」というアドバイスm36-15-02 F5351を頂いたのです。せっかくだから、そこに寄りたい・・・とすると、バスには乗れないなあ、黒澤に出て、別の路線のバスに乗るか・・覚悟を決めて、歩きはじめました。歩道の狭い、場所によっては歩道のない道です。石灰運搬のダンプが多いので、歩くのは神経を使います。「赤仁田」というのは、「蜆澤」との真ん中辺りです。こんな道ですが、そこに行くまでに商店が幾つあるか想像できますか?m36-15-03 F5352 野崎酒店

これが、唯一の商店「野崎酒店」です。ダンプの運転手さん寄らないでね・・そりゃ無理だ・・なんて云われそうです。

神社っぽくなってきました。駐車場案内みたいなのが出ています。m36-15-04 F5353 神明社

やはりそうでした。道からは鳥居が見えないのですが、振り返ると・・・

m36-15-05 F5355

そろそろ、バスが来る時間だな・・石段の最初のブロックを上がって小休止します。m36-15-06 F5357

 

まだ、現れませんね。目を右の方に向けると、あれ?鳥居があるよ?m36-15-07 F5358愛宕社地図には何も書かれていません。前の家の氏神様なのかなあ?

目を戻すと、バスが通り過ぎようとしていました。m36-15-08 F5363

 

数分で戻って来ますが、乗らないと決めたのでしたっけ? バス停はほんの少し先のようです。m36-15-09 F5364

 

 

未練を捨てて、石段の第二ブロックに向かいます。弁当食べてからにしようか・・ザックから結びを取り出して、石段にこしかけムシャムシャ・・・お茶で流し込んで出発。m36-15-10 F5366

 

余中に、手洗い水がありましたが、今日は水道元栓がしまっているようです。まあいいや、さっきウエットティッシュで手を拭いたから・・ひどい参詣人です。m36-15-11 F5367神明社

 

 

m36-15-12 F5368社殿に到着。「神明神社」の額が懸かっています。この「神明社」は「新編武蔵風土記稿」に書かれた神社のようです。『神明社 年貢地社地二間に九尺 字蜆澤 山にあり わつかなる社にして南向 神体白幣 拝殿二間に九尺 前に鳥居を立つ これも村民の持なり』・・・? 少し違う感じ・・「蜆澤」だと書かれています。この違和感、後ほど解消します。

その根拠写真。m36-15-13 F5369

「鎮座の時詳らかならず。元「神明大神宮」で、明治維新のとき「神明神社」に改称。村社とした。明治四十一年現在地に移転。同年無格社六社を合祀。祭神が沢山並んでいるのは合祀の所為ですね。稲荷社、天王社、山神社、愛宕神社、水神社などが集まったようですよ。「新編武蔵風土記稿」を見ると、此の附近には、「牛頭天王社」「稲荷社」「熊野社」「山神稲荷合社」「七社権現社」などの名前が見えます。

m36-15-14 F5370

この場所だと、「多摩の神社準備室」に収録されているかな・・・見つけました。

『赤仁田神明社  鎮座地 成木8-325
祭神 天照皇大神 (あまてらすおおみかみ)  豊受大神 (とようけのおおかみ)
旧格式 村社 別当寺 ? 例大祭 9月9日
解説:明和4年(1767)名主野崎嘉右衛門・木崎善八等によって再建。
明治41年(1908)蜆沢の旧地より現在地に遷された。』 祭神が少ないようですが、合祀された神様が再度分祀されたとみているのかも知れませんね。その一つが次に出て来ます。

先ほど、隣の山に見えた神社なのですが、後で少し近づいてみました。すると、石段下に「愛宕神社」と書かれていました。m36-15-20 F5390 愛宕神社個人のお宅の庭を通過しないと近づけないのですが、山の上に社殿もあるようです。m36-15-19 F5391

 

林の中にかすかに建物が見えて居ます。「多摩の神社準備室」ではこう書いています。

『愛宕神社 鎮座地 成木8-324 祭神 火之迦具土神 (ほのかぐつちのかみ)
旧格式 無格社 別当寺 慈雲院  例大祭 6月24日
解説:赤仁田地区の人々によって祀られた祠。 慶安2年(1649)徳川家光より朱印地2石を賜る。 この朱印地は栗平にあり御朱印といわれた。 山畑6反歩の土地で氏子が交代で小作人となり耕作していた。』

「新編武蔵風土記稿」を見ると、別當寺の「慈雲院」は書かれていますが、愛宕神社はありません。そして、「稲荷社 赤新田の中央」というのがあります。よく分かりません。

m36-15-15 F5372

神明神社の神殿部分は、社殿の後方に分離されているようでした。蛇足ですが、この神社はインターネットで、殆ど毎年、祭礼用の人員募集をしています。過疎地帶の悩みですね。
先ほどの神殿を側方から写した写真、もう一度ご覧頂くと、赤い鳥居が見えます。横に稲荷神社があるのです。m36-15-16 F5377稲荷社

 

石段を上がってお参りして行きます。m36-15-17 F5378

 

使い狐も一対あります。覆殿の中には小さな社がおかれていました。m36-15-18 F5381

 

石段を降り「愛宕神社」のほうにまわって、望遠レンズで写真を撮したあと、また街道を「蜆澤」に向いました。m36-16-01 F5394

 

 

「赤仁田」バス停を通過中です。明日は「蜆澤院」です。

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