2016/11/23: 駒込散歩;木瓜爺撮歩80-16 日光御成道 妙義坂地蔵尊 (No.2873)

駒込散歩と称して「吉祥寺」などのブログを書いたのは、2014年3月のことでした。この時の最終回が、「六義園のしだれ桜」でおわっています。31- 駒込散歩;木瓜爺撮歩80-15 六義園しだれ桜 (No.1912)

先日、駅で「第10回 都立公園 紅葉めぐりスタンプラリー」というパンフレットを頂いたのですが、「六義園」「旧岩崎邸庭園」「殿ヶ谷戸庭園」「小石川後楽園」「清澄公園」「旧芝離宮恩賜庭園」「浜離宮恩賜庭園」「向島百花園」「旧古河庭園」の9庭園うち5園をまわってください、という内容でした。東京の場合、紅葉が見頃になるのは11月中旬。紅葉が終わるのが12月中旬。1ヶ月の間にまわれるのは、閑な(?)老人だけでしょう。木瓜爺みたいな人間でも、結構大変だなあと思いました。スタミナが無いから、一日に3箇所まわるというようなことが出来ないのです。2箇所が限度でしょう。でもせっかくだから、まだ秋に行っていない庭園をいくつか歩いて見るか・・・と考え、駒込散歩の「六義園」に近い「旧古河庭園」に狙いを付けました。一人で出かけるなら、ついでにいくつかの寺社もまわろうか、でもたまには家内と一緒に歩こうか・・と、誘ってみると、珍しくOK。家内はだいぶ前に行った事はあるのですが、秋ではなかったようです。

11/18 良い天気になってくれました。東京直通の特快で出発。新宿で山手線に乗り換え駒込下車。「六義園」は駅の南側ですが、「旧古河庭園」は北側になります。駅の西側の広い道路を北に向かいます。この通り「岩槻街道」とか「本郷通り」などと呼ばれますが、江戸時代の日光街道の一つ「日光御成道(おなりみち)」です。つまり、将軍が通った道です。暫く歩いた所に、地蔵堂があり、木瓜爺はstop。 m80-16-00 F4369駒込

丁度「横断歩道」のある場所ですが、信号待ちの間中、熱心な参拝者がおられて、写真が写せません。其内信号が青になって、家内はどんどん渡って行きます。しょうがねえなあ・・後を追いながら振り向いてシャッターを切りました。中央に地蔵、向かって右は「如意輪観音」でしょうか? m80-16-01 F4366子育て地蔵

「日光御成道 妙義坂 子育地蔵尊」、古文書に記された地蔵で、寛文八年(1668年)の駒込の今井家建立です。地蔵堂は昭和20年の空襲で焼失したと書かれています。戦前は70坪ほどの境内に多くの供養石像がならんでいたとのこと。地蔵様の背後に、沢山収容されているように見えました。じっくり観察したい場所です。「新編武蔵風土記稿」では、このあたりは「西ヶ原村」のようです。日光御成道には「一理塚」がり、日本橋から2里になると書かれています。位置的には、地図を見ると、もう1km程先の「飛鳥山博物館」に近いところに、「一理塚」という交差点が出ていました。

道を渡ってまた北に進みます。ちょっと変わった建物が見えました。昔の「銭湯」のよm80-16-02 F4370m80-16-03 F4371銭湯うです。「亀の湯」。現在は「サウナ」になっているようです。このあたり、脇道に入ると、まだ営業している個人商店が沢山残っています。なんとなく、懐かしい雰囲気の残る町でした。m80-16-04 F4372

「旧古河庭園」地図の上では位置確認出来て居たのですが、問題は入口がどこなのか分からなかったのです。しかし、実際に歩いて見ると、右の写真のような標識がありまして、迷わず入口に向かえました。正門と裏門があるのですが、裏門の方は、閉まっているとのことでした。 ここで、第二の地蔵堂の「跡」が出て来ました。「ことぶき地蔵堂跡」です。説明板を見ます。「交通安全」を祈って、昭和28年に建立された地蔵堂ですが、平成27年に解体されたのだそうです。地蔵尊は「無量寺」門前に遷座したとありますので、地図を探すと「旧古河庭園」の裏の方に「西光院無量寺」があると分かりましたので、後刻寄る事にします。m80-16-05 F4373地蔵堂跡

道幅は広くなったとはいえ、さすがに「古道」いろいろなものが出て来ます。この石垣は、「旧古河庭園」の外壁かな? などと考えながら進んで行きます。

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「古河庭園」は、明治時代の政治家「陸奥宗光」が購入した土地を次男の潤吉が受け継ぐのですが、この潤吉が古河家の養子(2代目)になり、古河家の土地になります。古河家というのは、足尾銅山への投資などで、財閥となった家です。三代目は「古河銀行」を成功させましたが、この方が、さらに周辺の土地を買い増して、ここに本宅を建てました。関東大震災にあいますが、ここは無事で、被災者の救済所になります。戦後、連合軍(占領軍)に取り上げられてしまいますが、いろいろあって、最後は税金の代わりに代納するような事で、国有財産に変わってしまい、最後は「都立の公園」になったのです。m80-16-09 F4377

「西ヶ原」の交差点が近づいてきました。また、説明碑を発見。これは読みにくい。m80-16-10 F4378

このあたりが「暗闇坂」と呼ばれたことなど、いろいろ書かれていますが、木瓜爺の衰えた視力では、わかんない・・・角を左折したところに、正門がありました。m80-16-11 F4381

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m80-16-13 F4397 旧古河庭園こちらの、見所は三つ。一つは洋館の建物、2番目がバラ園、3番目が庭全体・・この時期としては「紅葉」と云うことになります。今回洋館の中には入りません(時間が決まっていますが、別料金で拝観出来ます)が、庭の景色は明日たっぷりと(?)お目に掛けます。今日の最後の写真は、バラ園で写した「バラと紅葉」です。

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