2016/12/02: 入間市散歩;木瓜爺撮歩103-02 小谷田・神明社(No.2882)

Choi-Boke爺ちゃんのブロク時代から始まった木瓜爺の連投、今日が2200日目になります。この木瓜爺ブログとしては、1184日かな?、まだまだ続けられると思うのですが、キャパシティの制約で、今年一杯持つかどうか・・写真がなければ、キャパは減らないらしいのですが・・・

「権現坂」から今度は下って行きます。次の山に「東金子小学校」らしい建物が見えて来ました。m103-02-01 C_5983- 2016-11-21東金子小入口

 

交差点に出たところに3.4人のお母さん(小学生の母)が立ち話をされていたので、確認しますと、「東金子小学校です。」との返事、「氷川神社に行くには、ここで右に行って、左に入る、ということで宜しいですね?」。それで大丈夫だと云うことなので右折しました。実は、小学校の方に上がって行って、学校の前から下って神社に入る道m103-02-02 C_5984- 2016-11-21神明社もありました。暫く行くと、狭い路地の奥に、小さな鳥居を発見しました。氷川神社はもう少し大きい筈だから、別の神社でしょm103-02-03 C_5985- 2016-11-21う。入って行きます。と、ダメーッ! 悲鳴を上げたのは蜘蛛君でした。これは失礼、くぐらせてね・・蜘蛛の巣を壊さないようにしゃがんでくぐりm103-02-04 C_5993- 2016-11-21 神明抜けました。ナニ神社かなあ? 囲の石柱を調べると「神明」の文字があります。「神明神社」のようです。「新編武蔵風土記稿」には記述のない、小社。どこかの氏神様かも知れません。m103-02-05 C_5989- 2016-11-21風土記稿には、「小和田村」が二つ書かれていました。一つは「土人当村を根岸小和田と号す」となっていて、昨日書いたバス停名の「根岸」のあたりのようです。もう一つの「小谷田村」には、「金子坂」という坂があり、「金子十郎の住みし所」と説明されたいます。この「金子 十郎 家忠(いえただ)」は、平安時代末期・鎌倉時代初期の武蔵国入間郡の武将。武蔵七党村山党・金子氏の一族ですが、父の金子家範が金子氏の祖でしょう。つまり、地名の「金子」は、この武将の名前でもあります。「木蓮寺村」に城跡があるそうです。何だか金子一族の墓地を見たような気がするなあ? 8月17日:青梅フォトウォーク第12回-4 金龍山木蓮寺瑞泉院(入間市)

m103-02-06 C_5991- 2016-11-21是ですよ。確かに寄っていました。2011年のブログです。五年前のことです。よく覚えていたなあ・・・というような、頼りない木瓜爺。投稿ブログが、外部メモリーになっているようです。「神明社」を後ろから写しています。

背部は、「茶畑」になっています。

m103-02-07 C_5990- 2016-11-21

右に上がって行く道が写っていますがこれが小学校の門まで行って、右下に降り氷川神m103-02 オマケ C_6379-上水社に行く道だったようです。

木瓜爺は、また蜘蛛君の許しを得て、巣の下をくぐり、道路にもどりました。そして東に進みます。

 

 

今日のブログは千字ほどですね。2200連投記念に、11/27に写した、「玉川上水の紅葉」写真をオマケしておきます。是はD700のボディに、フイルムカメラ時代の35-70mmズームレンズを付けて写した物です。「新堀橋」という橋の上から上流側を見ています。

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