2016/12/11: 入間市散歩;木瓜爺撮歩103-10-1 松龍山 豊泉寺(1) (No.2891)

m103-10-01 C_6490-「豊岡街道」にあった第二の入口です。第一の入口からですと「豊泉(ふせん)寺」の東側から入る形だったようですが、第二の方は、西側から近づき、正面から入る形になっていました。そんなことは知らない木瓜爺、とにかく右折して入ります。m103-10-02 C_6491-

 

 すんなり行けたわけではなく、途中で道の曲がり角にあった家のお庭におられた方に確かめました。真っ直ぐ北に行く気持ちで、道なりに進めば大丈夫だという答え。前の道よりは分かりやすく進めました。それらしき匂い?がしてきました。多分あの辺だな・・とシャッターを切ったのが、下の写真。m103-10-03 C_6492-

m103-10-04 C_6493-赤い屋根が見えて、一安心です。m103-10-05 C_6495-右に入って正面です。

 

「松龍山 豊泉寺」「ふせんじ」と読むのです。「新編武蔵風土記稿」だは、こう書かれています。『曹洞宗木蓮寺村瑞泉院の末 松龍山と号す 本尊虚空蔵を安置す 開山本室和尚 文禄元年六月二十二日示寂 開基 豊泉左近将監 天正三年九月十二日卒す 法名豊泉院名山大誉居士の碑當寺にあり 寺の名は是より起りしなるへし 左近将監の事は小谷田村旧家者の条合わせみるへし』 根岸小谷田村の方には、七兵衛の先祖が小田原北条に仕え後に浪人して左近将監云い、土着したことが書かれています。

龍圓寺の本尊が虚空蔵菩薩でしたが、ここも虚空蔵菩薩だそうです。虚空蔵菩薩の信仰は奈良時代からつづいているようですが、「明けの明星」が化身であったり、「うなぎ」が化身であったり、いろいろな形があるようです。「虚空」を「藏」とし、何でも取り出せる菩薩だそうですから、ないものねだりには最適かも知れません。

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 ちょっと変わった獅子(?)がいました。羊的です。高麗の鄕の墓地を訪れた時、緬羊の像があったのですが、それとの合いの子? よく分かりませんが、この寺の境内には、異国を思わす珍しいものが沢山ありました。

本堂の前におかれた「龍」もそうです。横から写してみました。狛龍ですねえ。m103-10-11 C_6509-この龍は平成になってからおかれたものだそうです。何となく中華街のお祭りに出てくる龍みたいですね。m103-10-08 C_6501-

何か豊泉寺について書かれたものが見つからないかな?ありました。m103-10-10 C_6507-

『創建は天文元年(1532)。左近将監が金子領の領主となったとき関東争乱の露と消えた父母や将兵の冥福を祈って作った寺。』。古松が龍のようだと云うところから、「松龍山」・・・等々、記述されています。ここにも「狭山茶場碑」があるようですが、昭和四十六年という新しい?ものです・・新しくない? まだ45年。木瓜爺のカメラより若い! 庭園は明日覗いて見ます。m103-10-09 C_6502-

 

m103-10-13 C_6518-これは客殿でしょうか。「松龍山」と書かれた額が付いています。この前にも難しい仏様の石像があります。一番上に家の様な物があり、二番目が合掌した如来像。三番目が分からない? 僧形の方が笑っています。禅宗ということで考えると「達磨大師」かなあ?

下の三体は菩薩像のようです。そして、天女が六人。さーて何だろう?

 曹洞宗には関係なさそうな図柄ですが、これも大陸系でしょうか?

 明日は、六地蔵など紹介しましょう。

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