2016/12/20: 入間市散歩;木瓜爺撮歩103-18 敷島神社と金刀比羅神社 (No.2900)

「白鬚神社」の境内でパノラマです。真ん中の石碑は「再建記念碑」です。その右にあるのが、「白鬚神社」の社殿。その真後ろに少し見えて居るのが「金刀比羅神社」、左の上に見えているのが「敷島神社」なのです。m103-18-00 F4697 境内社

 

「敷島神社」から先にお参りしましょうか・・m103-18-01 F4683敷島神社

奉納金額などを張り出す掲示版があり、その横に青い手すりが少し見えますが、これが「金刀比羅神社」への階段。鳥居は「敷島神社」のものです。「敷島神社」というのは、この附近から戦場に出て亡くなられた方々を祀った神社。「敷島の大和心を人問わば、朝日ににおう山桜花」 本居宣長の和歌にちなんだ名前でしょう。「敷島」は「大和」にかかる枕詞・・などと教わりましたねえ。「大和心(日本人の心)とは何かと人が尋ねたなら、朝日に映える山桜の花のようなものだと答える。」という意味だそうです。太平洋戦争当時は、日本人の潔さ・・死を恐れない心・・を鼓舞する為に利用された和歌です。そういえば、木瓜爺の家には川合玉堂画伯が書かれたこの和歌の掛け軸がある・・あれ印刷物かなあ? 直筆だとお宝なのですが・・。ついでにいうと、この和歌には、タバコの名前が沢山あります。「敷島」「大和」「朝日」「山桜」。専売公社がタバコを出した頃のものです。木瓜爺が実際に知っているのは「敷島」と「朝日」です。吸ったことはありませんが、子供の頃まだ売られていました。脱線終了。

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石段にかかる前に、力石が置かれていました。説明板は墨が薄くなっていて、よく分かりません。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

 

 

 

 

 

 

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA神社の社殿です。「靖国神社」にお参りしたときと同じように、私達を護ろうと命を捧げて下さったことに感謝し、再び戦争が起ることの防止をお願いしておきKONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAます。 この社殿の左から、山腹をえいやっ!と登ると、「金刀比羅神社」への近道です。右の写真は途中で下を見たところです。「金刀比羅神社」のほうは、こう見えます。これはさておいて、下からちゃんと上がりましょう。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

この標識に従って、先ほどの「力石」の横の階段を上がります。m103-18-07 F4685

 

 

「開運金刀比羅神社」と書かれていますね。結構、急階段です。手すりがあるので登れますが。階段を上がったところに、狛犬が一KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA対。これがなかなかのものです。木瓜爺の好きな、頭に角がある形です。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAKONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

 

m103-18-11 F4689金毘羅社

 

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こちらが社殿です。「新編武蔵風土記稿」の末社には書かれていませんでしたが、昨日の「説明板」を復習しますと、『祭神 大物主神 崇徳天皇』でした。「大物主」は海から現れた神様、崇徳天皇(実際は上皇になってから祟ったのですが)は、海で災いを起こした怨霊。怨霊を鎮める為に祀られたのです。いずれにせよ、海上航海の安全を願う神様でして、「輸出振興」と関連があります。いつ頃出来た神社か分かりませんが、お茶の輸出でしょうか?

もう一つ「権現社」があります。これはブログ的に面白いので、明日取り上げましょう。・・・ははあ、今日はNo.2900でした。3000が見えて来たのですが・・ブログのキャパがほしい!

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