2016/12/26: 入間市散歩;木瓜爺撮歩103-23 天理教の教会 (No.2906)

結論をいうと、豊岡街道を進んでも良かったのですが、「明王寺」の入口がすんなり見つかったかどうかは分かりません。木瓜爺的には、神様に招かれて歩いたのが良かったよm103-23-00 F6525うに思いました。ただし、「明王寺」には、最後に寄ることになります。そのいきさつを今日書きます。

桂橋から直進で、正体不明の神社を下から拝み、権現坂を上がった所で、この神社の後ろにある茶畑を覗きました。これが何とも言えない良い感じの風景でした。綺麗に手入れされています。機械で刈り込んでいるのでしょうね。m103-23-01 F6526

 

「東金子公民館」の所で右にまがりました。手持ちの地図と分岐の数が違って居て、どれか分からなくなってしまいましたが、兎に角、東に進みます。いや、前を歩いている人が居る道を選んだのかも知れません。分からなければ聞こうという魂胆で。

m103-23-02 F6529

m103-23-03 F6532 明王寺裏

 

 

 

 

 

進んで行く内に、墓地を見つけました。寺は見えません。位置的には「明王寺」です。どうも、墓地の後ろの崖の下に寺がありそうです。しかし、一度登って来たのに下ってゆくのも癪・・帰りに寄ろう・・ということにします。それに、何だか行く手に寺がありそうな予感もするのです。 そのまま、進みました。すると、左側に入口が・・m103-23-04 F6533あれ?これが「明王寺」かな? 石柱は立っているのですが、名前はありません。「廃寺」かな?

人の姿は見えないので、兎に角入り込みました。宗教施設を思わせる建物です。m103-23-05 F6534

「廃寺」にしては綺麗だなあ? 正面はどこだろうと、ぐるっと回り込みます。右奥の方にやってきました。広場があり、「廃堂」が立っています。m103-23-06 F6535しかし、先ほどの建物の正面は、見事なお屋敷?です。m103-23-07 F6538

 

 

こちら側の入口から出て行くと、他にもちゃんとした建物が並んでおり、相当大きなお寺のようです。そして、最後にやっと正体が分かりました。m103-23-08 F6541天理教金子分教会

「天理教」の「教会」だったのです。天理教は江戸時代末に成立した新宗教です。詳細は存じませんが、天理王命(てんりおうのみこと)という神を信じる「一神教」だそうです。「天理市」という市が出来るほどの発展をした宗教です。日本各地にこのような「分教会」がありますね。立派な建物が作られていることが多いです。

30年くらい前に幹部による脱税事件が発覚して、以降ちょっとさびれ気味のようですが、活動自体が公開されて居るわけではないので、木瓜爺には分かりません。この一群の建物総てがこの組織の物なのか、一部がそうなのかも分からず、ここを離れます。道は下りになってしまい、「中野原稲荷」からは遠ざかりますが、まあ分かりやすい道に出ることを期待しましょう。あとで分かったことですが、墓地が見えたところで、一本左の道を進んでいれば、稲荷社の前に出たのでした。帰りはその道を通って墓地の所に戻りました。

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