2016/12/29: 府中・競馬場付近;木瓜爺撮歩96-03 大悲山 清涼院 普門寺 (No.2909)

年末~年始にかけては、途中いくつか別の神社など挟むかも知れませんが、府中を歩こうと思っています。府中というと、僚友taji1325 ブログが、府中の高札場から安養寺の方まで書いて下さったのが、2011/1/20からでした。1月20日 府中高札場 今回の木瓜m96-03-01 F6036爺撮歩は、後半これと重複しますが、5年経っているので、何か変化もしているだろうと思います。 なお、木瓜爺が実際に歩いたのは、2016/12/6のことでした。まだ、紅葉が残る八王子館町の「浄泉寺」墓参の帰りに、高尾から京王線で、府中まで行ったのです。府中市m96-03-02 F6040府中駅というところは、そう広くはないのですが、駅は沢山有ります。「分倍河原」「府中本町」「府中」「東府中」「東京競馬場」「中河原」・・・「西府」もそうだったかな? 今回は「京王線 府中」と、「武蔵野線 府中本町」の間だけの撮歩です。などと、書いている内に「府中駅」に到着しました。木瓜爺は、中学生時代を国分寺で過ごしましたので、府中の大国魂神社などには、毎年遊びに来ていました。しかし、当時の道と現在の道はすっかり様子が変わっています。道というのは地面にあると思っていたのに、この頃は空中にある・・・こんな所歩いた事無いよ? のスタートでした。m96-03-03 F6041m96-03-04 F6043

 

 

 

 

 

早く地面におりたいよ・・・ぼやきながら、南に進んで、やっと階段を見付けました。m96-03-05 F6044

降りてみると、何だか靑梅に来たみたいな光景。靑梅という場所は、こういう昔の映画の看板が並んでいるのです。ここは「府中だよな」首を傾げて横を見ると「新宿!」m96-03-06 F6046

「府中」というのは、江戸期には甲州街道の宿場の一つでした。「新編武蔵風土記稿」では、「府中宿」は「番場宿」「本町」「新宿」の三宿に分かれていると記されています。このあたりが「新宿」だったのです。東の方から「新宿」「本町」「番場宿」と並んでいるようです。この「新宿」の横に「六所社領」という地域があります。此所に「八幡宿」というのもあります。ここは「八幡村」とも言われたようでm96-03-07 F6047す。この「六所社」というのが「武蔵国総社」である現在の「大国魂神社」。右の写真で、遠くに森が見えますがあそこが大国魂神社です。この「六所宮」というのは神領五〇〇石という一区画を有していたのです。それはまた後で・・・甲州街道を少し東に行きます。m96-03-08 F6049

 

道標に「東京競馬場」の→がありますね。ここで右折してみます。m96-03-09 F6055「競馬場正門通り」だそうです。このみちを南に進むと、次の交差点に「八幡宿」と書かれています。この「八幡様」はちょっと東に行くらしく、今回はたどり着けませんでした。改めて歩きます。八幡宿の交差点を過ぎて更に南に進むと、今度は「普門寺前」という交差点です。今回の撮歩は、ここからスタートします。m96-03-10 F6056 普門寺

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横断歩道の向こうに、大きな銀杏の木があります。あれは、普門寺の境内の「大銀杏」です。横断して、寺に入ります。m96-03-12 F6060

 

 

 

 

 

奥の方に見える建物が本堂。向かって左の方には、この写真では見えませんが「宮町公会堂」という建物があります。下の写真の白い建物が「公会堂」。m96-03-13 F6065普門寺本堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「新編武蔵風土記稿」から始めます。『普門寺 除地四段五畝九歩外 虚空蔵料六畝八歩 小名天地にあり 大悲山清涼院と号す 新義真言宗 本町妙光院門徒 本堂二間四方 本尊正観音 立身の木像 長二尺許 開山開基詳ならす 中興の開山は真證と云 享保七年四月一日化す』 「虚空蔵料」というのが出ていますから、どこかに「虚空蔵菩薩のお堂」があって、それを世話して居たのでしょう。書かれていました。『虚空蔵堂 境内より南の林中にあり 小舎なり 坐像の木像 長一尺二寸 弘法大師の作』。ほかに「天満宮」もあったようです。m96-03-14 F6070  なお、現在は「真言宗豊山派」だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多摩新四国八十八霊場の二十二番」と書かれていますね。この札所一覧において、本尊は「正観音」と「薬師如来」になっています。無住らしいので、どうするのか気になったのですが、次の23番が親寺の「妙光院」(あとで寄ります)で、一緒に処理するようです。お賽銭を入れる口が開口して居ますので、ついでに覗かせていただきました。これが面白かった・・m96-03-15 F6075

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左の方には明王が並んでおられるようです。大きいのは閻魔大王でしょう。不動明王らしい立像があって、真ん中は??? 前仏のように見えるのは、よく見たら木瓜爺でした。その上に、本尊様がおられるのですが・・これが、「薬師如来」でしょうか?m96-03-16 F6078

両側に菩薩像もあります。「薬師三尊」の形とすれば、日光・月光菩薩ですが・・ここに「正観音」がおられるのかも知れません。のぞき見では、分かりませんね。とにかく、真ん中は観世音菩薩ではないことは確かです。(観世音菩薩だと書いているものもありますが、観世音の頭は螺髪ではありません。)

府中の観光協会による、普門寺の紹介には次のように書かれていました。『本堂は、以前この地にあった西蓮寺の薬師堂とのことです。1537年権大僧都恵伝法印が、室町末期の戦乱で荒廃した寺を再建し、薬師如来を安置し、衆生の病患を救い災難を除くよう祈ったとされています。以来普門寺の薬師様は「目の薬師様」として知られ,9月12日の縁日には多くの人が「お目玉」をお供えして,そのお下りをいただき目の病の快復を祈ります。』 やはり、主役は「薬師如来」なのです。

境内は割とさっぱりしていましたが、「普門品供養塔」が並んでいました。一番大きいのは「文政十年」の供養塔です。これは、観音経の供養ですから、昔は「観音様」が主役だったのでしょう。 m96-03-17 F6067

 

 

 

 

 

 

 

 

 

m96-03-18 F6084この日は、墓参りの帰りでしたから、もう昼を過ぎていました。買っておいたサンドイッチをこの境内で食し、競馬場の方に行くことにしました。競馬場正門の前に「馬霊塔」というものがあるのです。馬頭観世音もおられるのかなあ? という好奇心です。

どういうことになりますか・・・

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