2017/01/04: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-08 金比羅社 (No.2915)

正月三日らしいブログを書きたかったのですが、遊びすぎ(?)て、手持ちの府中散歩でつないでいます。今日の「金毘羅社」は、地図上では、本町一に属するようで、「大国魂神社」の宮町三の外に書かれています。「妙光院」の直ぐ隣でもあるので、妙光院金比羅堂だという説もあるようです。しかし、「新編武蔵風土記稿」を見る限りでは、m96-08-01 F6205 金毘羅社該当しそうなお堂はありません。「金毘羅」は「クンビーラ」だったか? 仏教の守護神ですから、「妙光院」の守護神社だったのかも知れません。なお、「金比羅神社」としての祭神は、明治以降は「大物主神」になっています。何でも「大物主神」がインドに修行に行かれたとき、向こうでもらった名前が「金毘羅」だったとか・・これ、木瓜爺がホラ吹いているのではなく、坊さんがインターネットの頁に書いていました。こういうのを「嘘も方便」というのでしょうか? 面白いねえ。

金比羅社の階段です。兎に角お詣りしておくか・・m96-08-02 F6207

 

古いお堂が有るようです。由緒的に散々迷っていた木瓜爺ですが、ブログを書き始めて、ひょいと思い出したのは、「多摩の神社準備室」、あれなら何か書かれて居るだろう・・・見つかりました。『金毘羅神社 鎮座地 本町1-15 祭神 大物主神(おおものぬしのかみ) 別当寺 妙光院  解説:妙光院の鎮守堂として金毘羅堂を祀ったもの。写真の建物は文化13年(1816)の建造。』

やはり、妙光院の鎮守と位置付けています。妙光院を山の上から見下ろす(方向は違いますが)位置なので、これで良いのでしょう。m96-08-03 F6212金毘羅社

 

m96-08-04 F6214相当に傷んでいまして、鈴をならす綱も切れてしまって、梁に結び付けてあるだけです。どうもお参りする気が削がれます。もう少し手入れをして欲しい所です。見た目は「廃社寸前」です。

 「世話する人々」がそのきになりますように・・妙な願いでお参りされて、神様も戸惑ったでしょうねえ・・

「金毘羅社」の横から、「大m96-08-06 F6218国魂神社」方面に入る道がありそうです。ここから行って見よう。石垣をすり抜けました。もう一つフェンスが廻らされていて、その中が「大国魂神社境内」になるようです。ただ、通り抜け出来ませんというような表示もされています。何カ所か、入る誘惑にかられながら、大国魂神社の社殿の後ろにあった境内社を目指します。あれは、住吉神社だったかなあ?大鷲神社だったかなあ?・・・昔の記憶ですからアテにはなりません。m96-08-07 F6220

 

m96-08-08 F6221

 

塀が出て来ました。この中に入れないか? 扉は閉まっています。もう少し先か・・目を向けると、「参拝口」の→が見えます。ここだここだ・・m96-08-09 F6222

 

ここは、車の安全祈願などの申し込みに来る入口です。m96-08-10 F6224「祈祷受付」と書かれていますね。ここからなら、入れる筈です。

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