2017/01/05: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-09 大國魂神社の境内社(1 住吉神社・大鷲神社・東照宮など)  (No.2916)

余談ですが、木瓜爺のプリンターは、毎年正月にヘッドクリーニングをすることになります。集まってくれた孫達の写真を、帰る時に持ってかえらそうと印刷すると、変な縞が出てしまうのです。最近はプリントして写真を眺めることが減少しているもので、ノズルが詰まっていることに気付かず過ごしているのですね。こりゃいかんと、慌ててクリーニング作業。丁度インクカートリッジの交換の時期も重なるので、30分以上かかってしまいます。今年も同じようなことが起きてしまいました。

さて、府中市散歩の続きです。大國魂神社の裏口から入った木瓜爺、名前を忘れてしまっていた境内社に行きました。本殿に向かって右側に当たります。「住吉」だったか「大鷲」だったか・・おやおや、両方一緒になっていたのでした。m96-09-01 F6226

 

「新編武蔵風土記稿」では、そのものズバリの記述はないようです。いずれも、大阪の神社なのです。あえて云えば「石塚社」が近い(祭神の類似)のかも知れませんが、位置的には別物です。m96-09-02 F6227

 

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m96-09-05 F6233合祀の関係で、祭神は住吉神社の「住吉三神」こと「表筒男命・中筒男命・底筒男命」と「大鷲大神」。こちらの境内にちょっと見慣れない筆塚らしきものがありましたが、木瓜爺には理解困難。m96-09-06 F6234

 

 

この神社の隣に「東照宮」があります。そこに行きましたが、小グループが前にいて、説明を聞いていました。これがちっとも終わらなくて、まともに撮せませんでした。m96-09-07 F6235東照宮

「東照宮」は「新編武蔵風土記稿」にも記載されています。『東照宮神殿 九尺四方 瑞籬(みずがき)を繞らせり 本社の西に建築あり』。位置は変わっていないようです。前に狛犬が一対置かれています。ちょっとピンぼけになってしまいました。m96-09-09 F6240m96-09-08 F6238

 

 

 

 

 

現代の狛犬とはだいぶ異なっていますので、きっと江戸期のものでしょう。「瑞籬」の中に、朱塗りの神殿がありますが、全体像を撮せません。m96-09-10 F6246

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垣根の間から見えた状態を一枚入れておきます。「大國魂神社」の境内図を見ますと、本社殿の東側には、「巽神社」「松尾神社」「水神社」が並んでいるようです。m96-09-13 F6236

「東照宮」の横に、もう一つ社がありましたが、これは境内図には書かれていませんでした。或いは、東側から移された神社だったのかも知れません。なお、「新編武蔵風土記稿」時代には、東側に「護摩堂」などもあったようです。それでは、本社殿の方にお参りしましょう。

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