2017/01/07: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-11 諸法山 相承院 称名寺 (No.2918)

京王線府中駅のすぐ西側にある時宗のお寺です。昔は欅並木からすぐ入って行けた位置m96-11-01 F6299だったように思うのですが、大きなビル店が並ぶようになってから、道に迷います。確か銀行の間を入ると思ったけど・・幸いに地図を見つけました。えーと、左に入って、最初の道を右に入るのだな・・記憶とは銀行の名前が違うのですが、そんな文句を云っても始まりません。兎に角左折。そして、右折・・・

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m96-11-03 F6303目に入ってきたのは「子育て地蔵」の石碑です。「称名寺」という名前はさほど知られていませんが、この地蔵尊は有名なようです。「称名寺」という名前だけですと、鎌倉金沢文庫に有名なお寺がありますね。あれは、真言律宗だったか・・境内に「金沢文庫」が作られたお寺です。

こちらは「時宗」のお寺なのですが、元々は違ったようです。山門の前に来ました。m96-11-04 F6304

m96-11-05 F6325府中観光協会の掲示がありました。『時宗称名寺 無住起立天慶三年。有信起立寛元三年。 開山道阿上人一光大和尚は都三井寺の法師にして法然上人の法門に入り、後関東に下り寛元三年此道場に留り昼夜出難の大道を勧め又此道場を改め諸法山相羡院称名寺と号す。寛元四年八月鎌倉より恵信僧都の御作三尊の阿弥陀如来を安置して祀る。
伝うるところによれば当山は六孫王経基が武蔵介であったときの館跡という。現在の本堂は中興五十七世深蓮社入誉上人其阿信老和尚が自ら蚕を飼い基金を作り明治初年に建立された向拝は昭和三十八年新築。
境内の地蔵堂は日限子地蔵尊をまつり、近隣の信仰が非常に厚い当山五十世廓蓮社忍誉上人他阿万的大和尚が念持仏として木造の地蔵尊二体をつくりそれを石地蔵の台座の中にお納めしてある。昭和四十年五月八日現在のコンクリートづくりの御堂に改築した。』

「新編武蔵風土記稿」にも書かれています。『称名寺 甲州街道の北裏にあり 諸法山相承院と号す 時宗遊行相模国当麻無量光寺末 御朱印十三石八斗の寺領を附せらる 本堂九間に七間半南向 本尊弥陀長二尺八寸許 恵心作 六孫王経基平将門を征伐の時 当院に止宿ありしと云傳ふ 此事誠ならんには 其より以前起立の寺なるべし 然れども外に證左なければ是非をしらず 古へは三井寺の硯学大道寺と唱へしよし 寛元の頃にや称名寺と改めしと寺傳にいへり 什物には古様の太鼓あり 銘に正応二巳丑年冶云々の文字ありて 次に寛永寛保の年歴 并に工人の名氏等を記せり 破壊の後屡修理を加へし者なるべし 又墓所に応永 吉 嘉文安 延文の年号みえし古碑ともあまたあり 是等をみれば何れにも舊蹟なることは推して知るべし 今開山を尋ぬるに一向道阿上人といへるものなりと云 示寂の年月を逸せり。』

開山者「道阿」について、錯覚を起こしていましたので、訂正をいれました。時宗の祖は「一遍上人」となっていますが、「一遍」自身は「法然」の教えを守っている「浄土宗」のつもりでした。彼の死後、「他阿真教」が「時宗」と名乗り、教祖を「一遍」としたのでした。靑梅の「乗願寺」は「他阿真教」の開山とされています。「道阿」というのは、「法然」の弟子・・つまり、一遍とは兄弟弟子の関係ですね。どこかで「時宗一向派」になったのか? 後でゆっくり調べます。

m96-11-06 F6307さて、まず地蔵堂からお参りしましょうか。先ほどの説明板によると、「日限り地蔵」だそうです。毎月例えば、7のつく日にお参りしようという具合に、日を限って参詣すると御利益があるお地蔵様です。地蔵堂は昭和44年に改築されましたが、古い建物の一部らしいものが、残されていました。下に入れておきます。前面の壁面だけが立っています。

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では、本堂の方に行き本堂を拝んでから、戻って来て「一遍」上人にお会いします。

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府中観光協会の説明では、「本尊は阿弥陀三尊」ということになっています。中央に阿弥陀如来、左方(向かって右)に観音菩薩、右方(向かって左)に勢至菩薩、というのが多いようです。善光寺式というらしい。こちらの場合、全部立像で、阿弥陀如来が一番大きく高い位置におられます。「称名寺」のホームページに写真があります。

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時宗の寺のいくつかには、このような「一遍上人の銅像」があります。木瓜爺の伯父さんそっくりだったのは、座間にある「当麻山無量光寺」の銅像。お寺によって人相がみな違います。一番ふっくらして貫禄があるのは、藤沢の「藤沢山 無量光院 清浄光寺」又の名を「遊行寺」の銅像でした。もっとも、遊行寺の像は「道阿」に似ているという噂?があります。

Choi-Boke爺ちゃんのブロクで、一遍上人のことについて書いたのは、12月2日:浅間岳も秋 (一遍の迷い・・・木瓜爺の想像です)

かなり詳しく書いたつもりです。

m96-11-07 F6308境内にあった珍しい物も紹介して起きましょう。これなのですが、六角柱の六地蔵塔。六地蔵塔は時々お目に掛かりますが、これの特徴は、お地蔵様が線彫り方式なのです。古い形式なのかどうかはよく分かりません。

だいぶ陽も傾いてきた感じがします。夕暮れになると寒くなるので、そろそろ帰宅することにします。
それで、昔の記憶をたどって、路地を抜けて行きましたら、思わぬ場所に出ました。

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この建物の間に少し隙間が見えますね。あの位置が、木瓜爺の記憶にあった入口なのです。今は店の一部のように使われています。入口が分からなかったのも無理ありません。

明日からは、同じ府中ですが、年改まって、2017年1月に歩いた所を紹介して行きます。よ

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