2017/01/11: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-14-2 瀧神社 (No.2922)

「瀧神社」は予想外に賑わっていました。ご当地「清水が丘」の住宅街の方々がグループでお参りに来られているような感じでしたが、暫くすると、人並みが消え、鄙びた神社に戻りました。木瓜爺は一旦段丘の下までおりて、そちらの鳥居の前に立っています。m96-14-15 F4915

 

「新編武蔵風土記稿」を見ます。こちらも、「六所社領」に記述されているのです。『瀧神社 本社より八丁程東にあり小社 稲倉魂太神を祀れりという 例祭年々四月発m96-14-16 F4918瀧のあと巳日 社前に瀑水あり 六所五月の祭儀神職以下この瀧に於て御祓をなすといふ』と書かれています。 瀧はどこなのだ? 金網があやしいですね。先にここを覗きましょう。注連縄が張ってある辺りから、瀧が落ちていたのでしょうね。年中枯れる事が無くて、「清水が丘」という地名の元にもなったという瀧ですが、丘の上が住宅街になってしまったので、水源としては心細くなっています。m96-14-17 F4917ご覧のように竹筒から、したたり落ちていました。これでは禊ぎも出来ませんねえ・・とはいえ、貴重な「府中崖線からの湧水」の一つです。この湧水は平成9年頃に一度枯渇してしまいましたが、府中市が平成20年度に道路を雨水が浸透するアスファルトへと変更するとともに、ハケ上の住民の協力を得て、住宅地に降った雨水を地下に浸透させるための雨水浸透ますを設置することで、平成21年には復活を果たしたという歴史を持っています。鳥居に戻ります。鳥居の横に「大樹」があります。m96-14-18 F4919此木は何でしょうね? 「けやき」のようです。「府中の木百選」に入っているそうです。

石段を上がります。m96-14-19 F4920

 

もう一つ鳥居が有り、覆い屋の中に、神殿が安置されています。「お稲荷様」の感じです。横に、現在の祭神が書かれていました。m96-14-21 F4914

 

「新編武蔵風土記稿」の記述とはかなり変化しています。明治政府のイタズラでしょうか?それとも、その後「加茂神社」辺りから勧請されたのでしょうか?m96-14-20 F4922

 

「大國魂神社」はどう説明されているか?

『祭神:加茂別雷命(かもわきいかずちのみこと) 玉依姫命(たまよりひめのみこと)
加茂別建角身命(かもわきたけぬみのみこと) 例祭:4月1日

大國魂神社より東に1.5km、清水ヶ丘2丁目のハケの処に鎮座し、この社の東側にある滝は綺麗な水が絶えることが無いので「お滝神社」と呼ばれ、多くの旅人の喉をうるおした。また5月5日の例大祭では、神事の前に奉仕する神職がこの滝で心身を清める。鳥居の脇にあるけやきの御神木は府中の木百選に選ばれている。府中市清水が丘2-37-1』

特に説明はありませんね。「多摩の神社準備室」では、「瀧の辨天様」と呼ばれて居たという紹介がありました。

今気が付いたのですが、この祭神は、大國魂神社の境内にあった「水神社」とほぼ同じですね。祭神:水波能売命(ミズハノメノミコト)、加茂別雷命(カモワキイカズチノミコト)、玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)、加茂別建角身命(カモワキタケヌミノミコト)でした。「水波能売命」以外、加茂神社系の「加茂別雷命、玉依姫命、加茂別建角身命」をこちらの社のほうにも祀られたのでしょう。

「瀧神社」の下にある広場で、持っていったアンパンを囓りまして、この近くにあるという「子育地蔵尊」を探すことにしました。アンパン一箇で360kcalほどあります。昨年は正月の飽食(正しくは運動不足の方が原因でしょう)で、Hb1Acが悪化し、戻すのに1年掛かってしまった木瓜爺、今年は慎重に食制限です。

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