2017/01/12: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-15 清水が丘子育地蔵から東郷寺へ (No.2923)

m96-15-01 F4923「瀧神社」の裏口から、住宅街に入ります。真っ直ぐ行った左側に、児童公園がありました。その広場の南西角に地蔵堂を見つけました。ですから、広場の手前で左折し、次の角で右折すれば、地蔵堂の前に出たことになります。m96-15-02 F4924

あまり古い感じはありません。丘の上の住宅化に伴って作られ祀られたような感じがしました。m96-15-03 F4925 清水が丘子育地蔵尊

「子育地蔵尊」と左から書かれた「額」が掛かっています。戦後の物であることは間違いありません。

「以前は「商店街の中にあったが、ここに移された」「昭和30年頃にあいこちゃん事件があり、作られた」ネットで見られる断片情報です。あいこちゃん事件というのは府中市といっても広島の話じゃなかったかなあ?よく覚えていません。まあ、昭和m96-15-04 F492830年頃に建立された地蔵様なのでしょう。 ともかく「子供達をお守り下さってありがとうございます。オンカーカー・・・」と、お祈りし、回れ右。住宅街の中を、ひたすら東に進みます。広い道が地下道になっている所の上をまたぎ、「清水が丘三丁目」に入って行きました。そこに、大きなお寺「東郷寺」があります。木瓜爺が到着したのは、またまた裏門です。m96-15-05 F4931 東郷寺

「日蓮宗東郷寺境内墓所」「常在不滅」と額がかかっています。墓地の反対側は、遠くに山門が見えます。「車止めの柵」はおかれていますが、人間は入れるようです。花が咲いています。梅でしょうか?

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m96-15-07 F4933このお寺、石垣の向こうは、一般人立入禁止なので、この駐車場兼参道を歩きながら、お堂を写させて貰います。下の左側が多分本堂でしょう。右側は、納骨堂か?或いは葬儀などに使われる場所か?m96-15-08 F4936m96-15-09 F4937

 

全体をパノラマで捉えると・・・・m96-15-10 F4938

 

このお寺の名は、「聖将山 東郷寺」 開山は「東郷平八郎」・日露戦争の英雄です。実際に寺が建てられたのは昭和15年ですから、東郷さんは亡くなられいると思いますが、開基者になっておられるようです。何故かというと、この場所は「東郷平八郎元帥」の別荘と農園があった所なのです。山門は、東京都選定歴史的建造物の指定が有り、われわれ一般人も見物出来ます。m96-15-11 F4939

 

身延山久遠寺の末という事でしょうか・・黒澤明監督の「羅生門」のセットは、この山門をモデルに作られたと書かれています。どうりで、見たような・・と言われるかも知れません。山門をくぐり、石段を調子よく、とんとんと下って、後ろを振り返ってシャッターを切ったのですが・・・m96-15-12 F4942

m96-15-13 F4941なにやら書いた立て札が立っています。「この階段(斜度40度位)は急ですので、心臓の弱い方、体調の勝れない方は左手の坂道を ご利用下さい」・・・40度を手すりなしで下れた! 調子の良いときはこんな物なのです。m96-15-14 F4943

 

山門前には「シダレサクラ」が植えられています。お花見の場所になりそうですが、この辺りにトイレはないようです。「山門見物の方はトイレを済ませてから来て下さい。境内でオシッコしないで下さい」という意味の、犬には困る張り紙が貼られていました。m96-15-15 F4950

 

もう一箇所、「多磨霊園駅」裏の住宅街にある「白山神社」に寄って、帰途につくことにします。駅に行く道から、ちょっと住宅街に入れば良いようです。

m96-15-16 F4952かなしい坂「東郷寺」を出た所で、こんな表示を見つけました。「かなしい坂」と書かれています。どういう意味か分からなかったのですが、ブログを投稿したあとで、思い出しました。これは、「玉川上水」を作る時の、失敗のあとなのです。府中の名所案内のサイトで確認してみますと、次のように書かれています。

【かなしい坂】(東郷寺の北側)
この坂の由来は玉川上水の工事と関わりがあると いわれ、玉川上水は、はじめ、府中の八幡下(やわたした)から掘り起こし滝神社の上から東方へ向かい多磨霊園駅のところを経て神代(じんだい)あたりまで掘削して導水しましたが、この坂あたりで地中に浸透してしまったそうです。責任を問われて処刑された役人が「かなしい」と嘆いたことからこの名があるといわれているそうです。このときの堀は、いまも「むだ堀」「新堀」「空堀」の名で残っています。

ということですが、この玉川上水失敗説は、現在では否定されているようです。理由は、水は坂を登るわけがない・・つまり、江戸まで行く勾配の問題です。恐らく、府中付近のローカルな用水のあとだろうという話です。

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