2017/01/19: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-21 古木山 諏訪院 長福寺 (No.2930)

府中には、もう一つ時宗の寺がありました。それが、番場宿の「長福寺」です。m96-21-01 F5112長福寺

本町にあった「称名寺」は、當麻の無量光寺末という、いわば當麻派直系でしたが、「長福寺」は、八王子市川口の「法蓮寺」末です。「法蓮寺」については、Choi-Boke爺ちゃんのブロクで歩いて居ります。9月22日:木瓜爺撮歩17-3  河口山宝地院法蓮寺

この「法蓮寺」は藤沢の遊行寺(清浄光寺)末です。「無量光寺」と「清浄光寺」の発祥は、曹洞宗の「永平寺」と「総持寺」に最初はちょっと似ていましたが、古い方の無量光寺が「當麻派」という「派」になってしまいました。「時宗」の場合、一向宗などの浄土宗系少数派を「時宗」に編入という行政指導?があり、純血性を失った部分がありまして、理解を妨げらm96-21-02 F5113れます。そういう点では、「法蓮寺末」というのは血統としてハッキリして有難いです。標識の出ていた路地を覗くと、奥に山門が見えました。その奧の本堂の屋根の形がちょっとヘン?六角堂の屋根みたいですよ?

「新編武蔵風土記稿」を見ます。『(番場宿)長福寺 境内除地五段六畝二十八歩 宿内北側にあり 古木山と号す 時宗当郡川口村法蓮寺末 開山開基詳ならす 本堂六間半に五間 本尊弥陀立身の木像長三尺許 勢至観音各二尺 古碑あり 嘉吉文安貞治等の年号見えたり 諏訪社 門を入りて右の方にあり 稲荷社 同き邉にあり 共に小社』 m96-21-03 F5115m96-21-04 F5117

山門には「額」がありました。山門をくぐると、正面に六角堂で、其の横に庫裡とおぼしき建物があります。六角堂は新しい建築物のようです。m96-21-05 F5118

 

府中観光協会の頁に説明がありました。『正しくは古木山諏訪院長福寺。時宗遊行派(時宗)。寺伝によれば、寛喜2年(1230)天台宗として創建した古刹で、開山は一遍上人で、はじめに勝福寺と称しました。その後、正応年間(1288-1292)に遊行二祖真教の武蔵国巡化の際に時宗遊行派に改まったといわれています。』ちょっとおかしい? 一遍が開山ですと天台宗ではなくて浄土宗の筈なのですが? 一遍はたしかに天台宗で得度し、15才~22才くらいの間は、比叡山で学んでいました。とても東国で開山するような力はありません。26才で浄土宗の法然の弟子になります。だいたい1230年には、一遍は生まれていません。たしか1238年頃の生まれです。まあ、1230年頃出来た寺で、天台宗の「勝福寺」だった。開山開基詳ならず・・で、良いでしょう。掲示版のほうには、一遍の名前は出て来ません。m96-21-09 F5124

 

「真教」の頃、時宗に改まったと書かれていますね。当時、時宗布教の拠点の一つが川口村法蓮寺でしたから、つじつまはあうようです。

m96-21-06 F5119

六地蔵は新しいものです。m96-21-07 F5120m96-21-08 F5123

地蔵や石碑が所々にありますが、木瓜爺少々疲れてきたようで、細かく写していません。右の写真は「本堂再建」の記念碑でした。昭和46年、この六角堂になったようです。

m96-21-10 F5131「長福寺」から、府中駅に戻ります。途中に「番場宿」の説明碑がありました。番場宿には、「高札場」がありましたが、それもこのちょっと東に残っています。m96-21-11 F5136

m96-21-12 F5137

tajiさんのブログは、この高札場から始まっていました。1月20日 府中高札場

木瓜爺の府中散歩、まだ続きますが、今日はここまでで帰宅します。

広告
カテゴリー: 寺社, 散歩, 伝説 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中