2017/01/24: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-25 (本宿村) 小野神社 (No.2935)

m96-25-01御嶽神社から、新府中街道に戻り、北に進みます。「小野神社」も、街道から西に入らねばなりません。どこではいるのか地図で見当をつけるのですが・・ガストがあって、その次の道辺りらしい。角の会社名が書かれていたので、それが見つかれば・・・ただ栄枯盛衰の激しい世の中なので、地図のメンテが追いついておらず、迷子にさせられることもしばしばです。m96-25-02 F6699「ガスト」が見えてきました。ペースダウンして歩きます。m96-25-03 F6701

ここだここだ、白いビルの名前が一致しました。左折します。あとはほぼ一直線ですが、神社の手前がちょっとややこしいようです。多分、「御岳神社」と同じように神社前に公園が出来ているでしょう。丁度m96-25-05 F6703 小野神社良かった、トイレもありました。奥の方に鳥居が見えます。この地域、「小野鄕」と呼ばれた事もあるのです。木瓜爺のブログで、八王子辺りの撮歩記録に時折登場していると思うのですが。「小野 篁(たかむら)」の子孫が、武蔵国にいまして、武蔵七党の横山氏を名乗りました。そういう一族がこの辺りにもいたのでしょう。「新編武蔵風土記稿」では『本宿村は・・・分倍庄栗原鄕と称す 古名小m96-25-06 F6732野県或いは小野鄕ともいふといへり 今村内小野神社の邉をおしなへて小野とよへり 蓋し古へ小野鄕内にして牧場もありしにや 故に小野牧 小野駒なといへるなるへし・・』 この辺りに国の牧場(牧)があり、六所宮の南で馬市が開かれていました。馬市が「東京競馬場」になっているのは因縁ですかねえ?

この公園は「宮前公園」だそうです。分かりやすい・・m96-25-07 F6704

神社前です。早速「新編武蔵風土記稿」を広げます。『小野神社 除地一段十五歩 小野宮にあり 村民徳左衛門持 本社九尺四方の覆屋 拝殿九尺に一丈二尺 石の鳥居を建 當社は式内の神にて残篇武蔵風土記に小野鄕に係けて所祭瀬織津比咩也 垂仁天皇三年甲午始行祭礼有 神戸巫戸等 圭田五十六東三字田とあり もし是文に拠れは六所宮よりも古き鎮座なり 又元慶八年秋七月十五日 癸酉 武蔵国従五位上 小野神社に正五位上を授けられしこと 国史に見えたり 後武蔵執権の世に及て六所宮を崇敬ありて 當社衰微に及ひ六所宮より社務をも摂行し後には終に彼社に配祀せるへし 當社及ひ稲倉魂命 下春太神 是を客来三神と称して東殿に安置す 近来武蔵国造十世の祖を祭て 小野神社となし後其社を 一ノ宮村に移せしによりて小野は一ノ宮の旧跡なりといふ憶説を唱ふるものあり 享和中碑を建て故蹟なるよしを録せり 亦彼憶説に従ひ彼一ノ宮祭神當社と自ずから別なることをしらす』

m96-25-08 F6705いやはや、難しいですね。延喜式内に書かれた神社であることは分かりました。六所宮よりも古い神社であるということまでは分かります。問題はそのあとです。衰微してしまい、六所宮の東殿に三神を入れて貰った。この辺からよく分からなくなります。そのあと、私設の祖霊社をつくって「小野神社」としたが、それを一ノ宮村に移したのだから・・・どうのこうの・・これは、一ノ宮明神の言い分と付き合わせる必要がありそうですね。まあそれは、皆さんのお楽しみにしておきましょうか。

武蔵国一ノ宮としての小野神社のHPは http://onojinja.or.jp/ です。木瓜爺撮歩としては、03- 木瓜爺撮歩96-01 武蔵国一の宮・小野神社 (No.2188) にあります。

m96-25-09 F6706神社の鳥居の横に石碑がありますが、ここには「式内社」である表示だけです。そして、多摩郡八座と彫られています。これは、「延喜式内」に書かれた多摩郡に位置する八社なのですが、現代版のリストを見ると、例えばこの「小野神社」については、「多摩市一ノ宮」と「府中市住吉町」の両方が上げられています。つまり、どちらなのか分からないということで、両方の名前が並んでいるのです。「大麻止乃豆乃天神社」などは、五社も並んで居ました。前置きが長くなりましたが、参拝しましょう。狛犬はわりと新しい物のようです。

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m96-25-13 F6714社殿の前で拝礼。

木瓜爺としては、ここは小野神社の発祥之地かも知れないが、一ノ宮として栄えたのは、多摩市の方だと思っています。神社の規模が違いすぎます。なお、「祖霊社」も多摩市の方に末社として作られていました。

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m96-25-17 F6715拝殿の後部に小さな神殿が安置されています。境内に奇妙な物を見つけました。拝殿の東側にあるのですが、この二本の柱です。何m96-25-16 F6721だか分からないのですが、どうも六所宮を拝む方向のように思われました。次の石柱も何だかよく分かりません。「小野宮廟塚」と書かれているのか?

末社は「お稲荷さん」がありました。

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最後に「府中観光協会」の説明を転記しておきます。もっとも納得しやすい解釈になっています。『小野神社:住吉町三丁目にある本殿一間四方、拝殿二間四方の神社で、旧小野宮の鎮守です。祭神は瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)・天下春命(あめのしたはるのみこと・稲倉魂命(うかのみたまのみこと)です。小野神m96-25-19 F6709社は多摩川をはさんで多摩市にもあり、「一之宮小野神社」といい、どちらが元の小野神社なのか古来から議論されています。江戸時代の地誌によれば、「往古多摩郡本宿村の小野宮と云処に鎮座ありしを、水災に依て遷され、村を一宮と称す」とあり、小野宮にあったものが多摩川の氾濫により、南側の一之宮に遷座されたものと思われます。しかし全ての村人が移ったわけではなく,残った人々が守りつづけたものと思われます。』ということで、ここは終了。なお、蛇足ですが、江戸名所図会などでは、ここの地名が「小野宮」ではなく「小之宮村」と書かれているようです。なんとなく、当時の状態を暗示しているような気がします。つぎは、「中央自動車道路」をくぐったところにある「正光院」に寄ります。

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