2017/01/26: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-27 住宅街の小社・浅間社と日枝神社   (No.2937)

昨日の「正光院」の現住所は住吉町三丁目ですが、そのちょっと北は分梅町三丁目、そm96-27-01 CF6770してこれから歩く断崖部は、美好町三丁目で、その東は分梅町一丁目というややこしい部分に差し掛かっています。旧村名でも、本宿村小野宮から本町分梅とややこしいことは変わりません。トンネル入口みたいなものが見えますね。あそこが段丘で一段高くなる部分なのです。高い所に「府中第五小学校(小野学校の後身)」があります。今立っているのは、「本宿一」という交差点です。これから、画面右に見えて居る林に入って行きます。m96-27-02 F6775綠道の地図がありました。右側一番下から二本目辺りの緑道を右の方に進もうとm96-27-03 F6776 清水坂していると思ってください。坂になっていまして、その坂が「清水坂」だそうです。それを少し上がって、右に入って行きます。住宅が並んでいますが、やがて「浅間社」が現れます。「新編武蔵風土記稿」では、「屋敷分村」に「冨士浅間社」という神社が書かれていますが、ここは、1/29のブログに登場の予定でして、別物です。m96-27-05 F6778

ここが今日の浅間神社。覆屋に入った、小さな社なのですが、なかなか凝った作りです。m96-27-06 F6780ちょっとご覧に入れましょう。

m96-27-07 F6782

真ん中の「龍」をちょっと拡大します。m96-27-08 F6786

「浅間神社」ですから、祭神は「木花咲耶姫命」でしょう。再び道に戻って、東に進みます。いくらも進まないうちに、次の「日枝神社」が見つかりました。ここも住宅に囲まれた小社です。m96-27-10 F6789 日枝神社

m96-27-11 F6792

ここは、周囲に金柵が繞らされていて、入れません。先ほどより一回り小さい木製の社がおかれています。この辺で昼食にしようと思っていた木瓜爺、アテが外れて、横にある駐車場に座り込みました。

「日枝神社」という名前から推定して、「新編武蔵風土記稿」では「山王社」だろうと探します。ここは「美好町3-24」あたりなのですが・・分梅町一との境目に近い場所。「光明院」にも近い場所です。その光明院は、「新編武蔵風土記稿」では「本町 分梅」にあります。光明院の持ちになっている神社は稲荷社が二つありますが、山王社はありませんねえ。分梅には「天王社」がありますが、これは28日に書く予定の「八雲神社」のことでしょう。本宿村の方を見て行きますと、「山王社」がありました。これが、廃寺になった修験の寺「安楽院」の持ちです。可能性的には、この「山王社」かな? 書くだけ書いておきましょう。『山王社 除地三段二畝二十八歩 小社 村の南にあり安楽寺の持なり』・・・・・かもしれない ということにします。

10台くらい止まれる駐車場は神社関係者以外駐車禁止になっていますから、ある程度の土地は残っているようです。念のために、ネット検索もしてみましょう。「日枝神社 府中市美好町」で「検索」。見つけました。多分これでしょう。写真はほぼ一致(赤塗りの鳥居が写っていません)します。住所は木瓜爺の地図とほんの少し違います。府中市美好町3-61-1 だそうです。

「美好町ノ日枝神社」 (府中市美好町鎮座)
祭神:大山咋神  創建年代は不詳。旧本宿村に江戸初期より在住の小沢氏の氏神として日吉神社を勧請したものと伝承。 明治維新に際して、日枝神社と改称。』

これれによると、小澤家の氏神様だったということですね。氏神様の場合は、「新編武蔵風土記稿」になくても不思議ではありません。こうなると、先ほどの「浅間神社」も探して見たくなります。「浅間神社 府中市美好町3-56」で「検索」・・だめです。屋敷分村の浅間神社のほうが出て来ます。それは美好町3-42なのに。あきらめましょう。 昼のサンドイッチも食べ終わりました。「光明院」に行く事にします。

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