2017/02/10: 谷保天神附近;木瓜爺撮歩52-17 東福寺墓苑 (No.2952)

m52-17-01 F5255甲州街道「大六天」から甲州街道を東に進みます。

こんな看板が立っていました。m52-17-02 F5256

「かなどこ」というのは「鍛冶屋」の事でしょう。m52-17-03 F5257現在は普通の家になっています。町の鍛冶屋さんというのは、木瓜爺が小学生のころにはまだありました。ふいごの火が記憶に残っています。終戦を迎えた後も、まだ農機具、鋤や鍬を作っていました。いつ頃消えていったのか・・m52-17-04 F5258

この辺で右に入るようです。住宅の間を抜けて行くような道ですが、住宅が途切れると畑です。畑の中に「お稲荷さん」が見えました。多分、地主さんの屋敷神だったもm52-17-05 F5259のでしょう。農地を宅地に変えて住宅を何軒か建てたような場所で、よく見かけます。

そろそろ、地図上の「東福寺別院」の位置なのですが、寺の形の建物は見えませんが・・見つけたのはこの入口でした。m52-17-06 F5262 東福寺別院

 

「東福寺墓苑」です。別院というのは、この建物の事のようです。m52-17-07 F5263

 

まだ、「東福寺」のHPには書かれていないようですが、新しい形式の共同墓地などでしょうか?  深くは調べず、木瓜爺は回れ右します。甲州街道まで戻らず、畑の中を東に向かいました。地図上では、国立ICに入る道を横断したあたりに、「白山神社」の鳥居マークが書かれていますので、最短距離を行こうと思ったのでm52-17-09 F5268す。m52-17-08 F5265

所が・・・ICへの進入路には、横断歩道が無いことをすっかり失念していました。下の写真で見えて居る道が、渡れないのです。向こう側に神社は見えて居ませんが、これで鳥居でも見えて居たら、ボケ爺ちゃんは強行突破してしまいますねえ・・・だって、車走っていないもの・・・m52-17-10 F5270

どこまで戻れば渡れるのだ?m52-17-11 F5272 あの歩道橋らしいです。なんだ、甲州街道まで戻ってしまうのだ・・近道をしようと思った木瓜爺の名案は、失敗でした。

ここはまだ「国立市」です。明日の「白山神社」も国立市内ですから、撮歩52がもう一回続きます。

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