2017/02/12: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-38 西府・熊野神社と古墳 (No.2954)

m96-38-01 F5293 西府橋今日は久しぶりに20枚ほどの写真が並びます。そろそろキャパ切れになりそうです。

再び府中市に入り、南武線の線路を越えます。この跨線橋は「西府橋」と云います。m96-38-02 F5294 西府橋左の方に入って行く道は、「本宿北裏通り」・・この辺は「本宿村」だったm96-38-03 F5299 熊野神社のでしょうね。手持ちの地図によると、「ガリバー」という車関係のお店があって、その少し先に「熊野神社」が描かれています。「ガリバー」を過ぎて、どんどん進んでいると、「武蔵府中熊野神社古墳」という看板?が見えました。神社の後ろに、ちょっと珍しい古墳があると聞いていますから、ここで良いのでしょう。古墳に関係した展示をする建物が出来て居ましたが、「閉館中」の札がかかっていました。月曜日で休館日だったのです。残念!m96-38-04 F5300

 

この「熊野神社」は、「新編武蔵風土記稿」に記載されています。本宿村の「小野神社」の次にあるのです。『熊野権現社 除地五段五畝二十八歩 村の西にあり 本社覆殿九尺二間 拝殿二間に三間 本地弥陀 観音 薬師三軀を安す 木の坐像各一尺 村内弥勒寺の持也』熊野権現と呼ばれたのは仏教寄りなのだと感じていましたが、神体が仏像だったわけですね。この別當寺「石上山般若院弥勒寺」は、「妙光院末」で大日如来を本尊とするお寺でした。恐らく、神仏分離の頃廃寺になったのでしょう。「弥勒寺跡」という場所が、高倉塚の近くにあるそうです。先日横を通ったかも知れません。記憶のどこかに残っているのです。m96-38-05 F5301

こちらの狛犬(獅子)はなかなかハンサムでした。m96-38-06 F5302m96-38-07 F5303鳥居の前におります。

 

m96-38-08 F5305鳥居をくぐって進みます。m96-38-09 F5307

 

m96-38-10 F5308右手に「由来碑」が建ってました。現在の祭神は、「素戔嗚尊」になったようです。本殿、拝殿などのことが書かれていますが、これは、見えて居ない後部にある部分の事でしょうか?拝殿は見えて居る部分なのか?m96-38-11 F5309

手水舎の龍君です。久しぶりに龍口のある神社に来た感じです。文化財の説明がありました。この方が読みやすいかな?m96-38-12 F5311

m96-38-13 F5313まず、お参りしてから、社殿の部品を眺めます。

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贅をこらしたというものでは有りませんが、きちんとした作りのようです。専門的なことは、さっぱり分からない木瓜爺です。

横に回って見ようとしましたら、末社が目に付きました。これが、知らない神様です。何と読むのかな?m96-38-18 F5325

 

 

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「八衢比古神(やちまたひこのかみ)」「八衢比売神(やちまたひめのかみ)」だそうです。道を守る神様だそうです。道祖神や塞ノ神として祀られる事もあるとか・・・

うーん、甲州街道を守ってくさっているらしい。社殿の右側に、古墳の説明板がありまして、詳しい事が書かれていましたが、その前に陣取った一団の説明が長いので、木瓜爺反対側に移りました。m96-38-19 F5322やはり、後部には覆殿が作られています。この中に古くから伝わる神殿があるのでしょう。その後部にある石積が「古墳」なのです。是が珍しい形なのです。m96-38-20 F5328 古墳

上部が丸い・・つまり「円墳」で、下部が「方墳」なのです。こんな形を見るのは木瓜爺初めてです。「上円下方墳」と名付けられたようです。柵で囲まれていまして、残念ながら、傍に入れません。ぐるっと裏に回って見ましたら・・・熊野神社の鳥居が立っていました。m96-38-21 F5330府中市のインターネット上の説明を部分コピーしておきます。画像は省きます。

『名称:国史跡武蔵府中熊野神社古墳 所在地:西府町2丁目9番地(熊野神社境内)   史跡の概要;国史跡武蔵府中熊野神社古墳は、国内最大・最古の上円下方墳(じょうえんかほうふん)で、1段目が約32メートルの方形(ほうけい)、2段目が約24メートルの方形(ほうけい)、3段目が直径約16メートルの円形を呈する3段築成の古墳です。高さは復元高で約6メートルを測ります。平成15年の調査により上円下方墳(じょうえんかほうふん)と確認し、平成17年7月14日に国の史跡に指定されました。

現在は、保存整備工事が竣工し、1350年前の築造時の姿をご覧になれます。
横穴式石室は、保存のため埋め戻しをおこなっておりますので、内部の公開はしていません。古墳南側に国史跡武蔵府中熊野神社古墳展示館がオープンしました。(以下略)』

府中が武蔵国の国府になった頃は、古墳時代だったのでしょう。府中には、あちこちに「塚」と呼ばれる古墳が存在しています。この古墳も副葬品として「直刀」が出ています。誰の墓であるかは分からなかったそうですが、国司のような人なのかも知れませんね。

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