2017/02/18: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-44 神明山 金剛寺 観音院 (No.2960)

神明社の別当寺ですから、「神明山」なのですね。この観音院、門前にいろいろ並んでいます。m96-44-01 F7238観音院

 

m96-44-02 F7239 馬頭観音 文政4左方に見えるのは、文政4年の馬頭観音文字碑です。門の右には寺名の碑。m96-44-05 F7249

 

「天台宗 神明山 金剛寺 観音院」とあります。「新編武蔵風土記稿」には、『觀音院 境内年貢地 街道にあり 神明山と号す 天台宗当郡世田谷領深大寺村深大寺の門徒 客殿四間半に六間半 本尊正観音 立身の木像 長二尺五寸許 開山開基詳ならす』と書かれています。通称「染屋観音」と呼ばれているようです。

続いて右の方をみると、地蔵群・・・左から三番目は青面金剛の庚申塔ですね。m96-44-03 F7243

 

山門をくぐりましょう。正面に「観音堂」というべきか「本堂」があります。m96-44-04 F7240

 

m96-44-12 F7252休憩所入るとすぐ右に、巡礼者が休憩に使えるらしい、休憩室がありました。雨の日などは助かりますね。続いて、地蔵堂です。m96-44-08 F7253

 

 

 

 

寺務所も並んでいますが、写真は省略。本堂にお参りします。境内には、冬の花が植えられていて、ほっとします。写真は後ほど。このお寺はインターネットに「天台宗」の寺院紹介があると思われますので、探しましょう。m96-44-07 F7251 観音院

 

『開 創  寛永8年 (西暦1631年)  本 尊 秘佛十一面観世音菩薩 (慈覚大師御作)

観音院は、寛永8年に深大寺第54世良明法印の法弟良雲和尚によって開山されました。
当時は深大寺の隠居寺として、高僧が住職をしておりました。
m96-44-09 F7257開山当時は徳川幕府の足固めとして、諸国の大名に参勤交代制度のもとに、当寺は甲州街道に面している為、諸国の大名も当寺には高僧が居られると言うことから必ず参詣がなされていたと言い伝えられております。
近在の住民は慈覚大師御作の十一面観音(秘佛)は殊さら霊験の尊さに信仰が深かった事が言い伝えられています。
時折に見知らぬ方が観音様に引かれて、信者、檀徒になる方が見受けられます。法灯を護る現住も、時折御本尊様に導かれるものが痛切に感じられる事で自身の清浄心を改める機会を頂いております。昭和45年頃までは当寺のお薬師様と大黒天の信者もおりましたが、都市化の波に押され今は特定の方が参詣されております。』と書かれています。住所は「東京都府中市白糸台3-10-7」。最近木瓜爺も住所を書き始めたのは、スマホのナビで歩く方がおられるようですので、若干の改善です。

本尊が、正観音から、「十一面観音」に変わったようですが、「秘仏」とされているので、「新編武蔵風土記稿」の調査は前立の正観音に化かされたのかも知れませんねえ?

ともかく、お堂の前で、「南無観世音菩薩」と祈ります。そういえば、最近「猫のあしあと」さんの記述に、おかしな事が目に付くようになっています。少し手を広げすぎて、お疲れになっているのかも知れません。たしか、このお寺のご本尊を「正観音如来」と書かれていました。観音様は「菩薩」なのです。m96-44-10 F7258m96-44-11 F7261

 

しばし、水仙や福寿草に見とれていました。考えてみると、「福寿草」を見るのは今年始めてでした。それだけ、木瓜爺の行動半径が狭くなっているのです。いかんなあ・・

ちょっと疲れてきたようです。節食の影響もあるかも知れません。ただ、十分食べると、昼寝したくなるので、良いともいえません。帰り道の最寄り駅は京王線の「武蔵の台」という駅になるようです。駅の傍に「本願寺」と「八幡神社」があります。本日三つ目の八幡神社に寄って行こう・・・

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