2017/02/21: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-46-2 八幡山 廣徳院 本願寺〔2〕 (No.2963)

「本願寺」というと、「築地本願寺」を思い出す木瓜爺です。あのお寺はすっかり近代化されているようで、先日TVを見てびっくりしました。「浄土宗」の「源空」つまり「法然上人」が、死に際に弟子達にせがまれて(?)書き残した「一枚起請文」という文書があり、経文の一部に使われています。このなかに「・・・ただし三心四修と申す事の候は皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候なり 此のほかにおく深き事を在世は二尊のあわれみにはずれ本願にもれ候べし 念仏を信ぜん人は・・」と書かれています。では「本願」とは何だろう? と、また経文を読み直したり・・・次に「発願文」というのがあって、この中にも「佛の本願に乗じて阿弥陀仏国に上品往生をせしめたまえ・・」と、「本願」という文字が出て来ます。「本願とは、仏や菩醍が過去世の修行の期間に立てた誓願のことを云う」だそうです。詳しい事は存知ませんが、阿弥陀如来には48の誓願があったとか・・・m96-46-11 F7332

 

さて、この「八幡山 本願寺」、m96-46-10 F7336建物はコンクリート建てになっています。額は・・・「本願寺」ですね。

「南無阿弥陀仏」でお参りします。

府中観光協会の紹介は、こうなっています。『白糸台5丁目にある浄土宗のお寺で、八幡山広得院と号します。本尊は阿弥陀三尊木像であり、開山は教誉良懐といわれています。もとは現在の第四小学校にお堂があり、大久保彦四郎が兵火で焼けていた薬師堂を再建したことから、彦四郎寺と呼ばれていました。天正二年(1574)四世円良のときに宮崎泰重が大久保氏居住地である現在地に移したため、中興開山を円良とされています。本堂は七間四方で、境内には宮崎泰重及びその子孫の墓があります。』 寺の場所が変わっているのですね。此所よりも南の方にあったようです。前の場所に在ったときが「彦四郎寺」ですか・・m96-46-12 F7335

本堂の横には、庫裡でしょうか? 更に右に「薬師堂」が西向きに立っています。この薬師堂は、「新編武蔵風土記稿」にも記載されています。『薬師堂 門を入て左邊にあり 三間四面、開運薬師といふ 立身の木像長三尺許 故ありて暫く上總國市原郡に遷座ありしを 天和中當山第八世住持萬譽夢想の告に依て 迎へ来りて再びこの地に安せりといふ 縁起あれど不審の事多けらば取らず  鐘楼。九尺四方、本堂巽の方にあり、明和三年の冶鑄。
庵室。一宇薬師堂の南にあり、二間に三間。』  不審な縁起というのは、秀郷の持仏云々の部分ではないでしょうか?

薬師堂と鐘楼の写真を入れます。m96-46-13 F7329 薬師堂m96-46-15 F7326

八幡神社からの近道で入ると、まず「鐘楼」が左手に見え、正面が薬師堂という順序です。そして、本堂の方を見ますと・・・下の写真のように見えるのです。m96-46-14 F7327

 

ということで、「本願寺」のお参りも終了です。また石段を下って、下の道に出ました。m96-46-16 F7366

 

m96-46-17 F7367駅に向かいます。疲れたらしく、写真は写していません。「武蔵台駅」に到着。帰宅します。

府中市散歩はまだ続けられるのですが、寄り忘れの食べ残しもいくつか発生しておりますので、それをつぶすことも考えないと。明日は、その一つ、「府中市郷土の森博物館」のほうに行ってみます。

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